
現代中国のSF小説、と聞いて、どんな作品を思い浮かべますか?
その広がりと深さに驚かされる、SF短編集 折りたたみ北京の感想を書きました。
Kindleまとめ買いキャンペーン開催中!
4冊以上でポイント還元アップ!事前エントリー必須なので、忘れないようエントリーだけ済ませておくのがおすすめ
折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー あらすじ
- 秦の始皇帝の命で、円周率の算出を目指す荊軻の物語、「円」。
- 3層に分断された都市を描いたヒューゴー賞受賞作「折りたたみ北京」
など、ケン・リュウ氏が精選した7作家13篇を収録した傑作アンソロジー。
さらに、劉慈欣、陳楸帆、夏笳天の3者が中国SFについて語るエッセイを収録しており、中国SFの歴史と広がりを俯瞰できる構成となっています。
- 編:ケン・リュウ → Amazonの作品一覧ページはこちら
- 翻訳:中原 尚哉、大谷 真弓、鳴庭 真人、古沢 嘉通
- 発売:2018/2/25
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象外
ケン・リュウってどんな作家さん?
収録作品を選出したケン・リュウ氏。
中国うまれ、アメリカ合衆国在住の小説家、翻訳家であり、SF作品を得意としています。
2012年に、 紙の動物園 でネビュラ賞とヒューゴー賞と世界幻想文学大賞の短編部門で受賞、史上初の三冠を達成しました。
(紙の動物園は、ふしぎな折り紙を題材に家族のふんわりとした温かい雰囲気が染みる、SF作品です。)
また、SF小説 三体/劉 慈欣の英訳者としても知られ、三体の世界的ヒットのきっかけとなった方でもあります。
妖怪、ディストピア、サイバーパンクなど様々な要素が登場し、中国SFの懐の広さを感じました。
一方で、結末がはっきりしない、読者の想像に委ねられている作品が多いのにはちょっとモヤモヤ。読み手の好みにもよると思います。
そしてやっぱり、「円」は断トツでおもしろい。何回読んでも面白いなー、すごいなー。
以下に各収録作の感想をかきました。好きな作品には★をつけています。
鼠年/陳楸帆(スタンリー・チェン)★
就職にあぶれた中国の若者たちが、国家的な鼠駆除部隊に配属されるバイオSF。
遺伝子組み換えデカ鼠たちを殺戮するシーンはなかなかグロいんですが、「全てが予定調和だった」という展開が良かった。
想像ですが、鼠駆除部隊によって、就職難も解決するし、黒炮のような人格に問題のある人材は、適当に理由をつけて排除して社会復帰させないことも可能。国家にとってはいいことづくめ。
駆除される鼠も、自分たちも、結局は同じ層の存在だった、という悲哀を感じます。これが長編だったら、絶対に鼠の逆襲が始まる。
麗江の魚/陳楸帆
精神疾患を指摘され、治療のため麗江を訪れた主人公
鼠年 もそうだけど、実は国家ぐるみでマッチポンプ的に管理されてました、というのはディストピアみあっていい。その中でも時間圧縮障害と時間拡張障害っていう概念が展開されていて、おもしろかったです。
麗江の納西(ナシ)族というのは実在の部族ですが、観光化によって本来の伝統的な生活が浸食されていて……というのは現実に起こっているようで、地震で被害を受けた地域に伝統的家屋「風」な新しい市街地が作られているんだそうです。
参考:世界の果てまでイッテにゃー! 中国 雲南省4 ~800年前の古代中国の街並み、麗江古城とナシ族の玉湖村で楽しい出会い~
沙嘴の花/陳楸帆
経済開発特区と、その狭間の都市のサイバーパンク譚
皮膚や洋服に画面表示させるシーン、麗江の魚や三体にも登場するんだけど、中国SF的にはメジャーなガジェットなのかな?w
お話自体はいろんな要素てんこもりすぎて、ちょっと私の好みではなかったです(あのレオタード、いったい普段は何の目的で使うのさ)
でも中国作家のサイバーパンクって、日本のそれとはまた違う趣があって興味深い。
百鬼夜行街/夏笳(シア・ジア)
観光用に作られ、うち捨てられたロボット妖怪たちの住む、百鬼夜行街。その営みと、滅びの物語。
中国の妖怪の造形は、日本のそれと似てるけどやはり違う部分もあって、文化の違いを感じますね。
ストーリーとしては、結局主人公「ぼく」の正体が曖昧なまま終わってしまい、消化不良。
童童の夏/夏茄 ★
VRと遠隔操作を駆使した「介護」にまつわる物語。
奇しくも収録作品である神様の介護係と同じ「介護もの」です。日本と同じく、中国も高齢化進んでいますので、なんとなく我々にとってもなじみ深いテーマ。
介護ロボットを通じて次第に心を通わすおじいちゃんと童童がいとおしい。
身体の機能が衰えても、ロボットによってふたたび溌剌と活動する老人たちの姿が描かれます。介護ロボットの広告っぽさはありますが、収録作品の中でほぼ唯一、心温まる展開なので、癒されますね。
龍馬夜行/夏茄 ★
展示用に作られた美しい龍馬のロボットが、人間のいなくなった未来でめざめる物語。SFと伝統文化の融合したような作品。
多くの詩が引用され、詩が深く中国文化に根付いているのを感じます。
作中に登場する「龍馬精神」とは、龍や馬のようにパワフルに頑張ろうという意味の言葉のようで、成功・健康を祈願する縁起の良い言葉のようです。
2023年のジャッキー・チェン主演の映画タイトルにもなっていたり。
参考:《龍馬精神》(英語:Ride On) - 觀後感
著者によれば、龍馬の姿については実際の動画を見てほしいとのこと。
www.youtube.com
動画のロボットもすごいんだけど、文章だけの描写のほうが、より神々しくて、儚げで、美しかったなあ。
沈黙都市/馬伯庸(マー・ボーヨン)★
原作ではニューヨークを舞台としているが、これは中国当局の検閲を回避するため。
したがって、折りたたみ北京では、テキストを元に戻し、より著者の意図に合う作品として収録しているそう。
極度の検閲がしかれた未来都市を描いたディストピア小説であり、かの有名な1984年/ジョージ・オーウェルのオマージュでもあります。
1984の発表時にはなかったWebシステムを物語に加え、より現代風にアレンジ。主人公は息詰まる超検閲社会の隙間を縫って自由に会話することのできるクラブに行きつくのですが…
当局をコソコソ批判する。批判するだけは楽しいけれど何も生み出さない、本当に何かを変えたければ、行動を起こさなければならない、というメッセージを感じます。実際に行動を起こすことの勇気や尊さを伝えようとしているように思えました。
いったい アルテミスは何をされたんでしょう、こわぁ。
見えない惑星/郝景芳(ハオ・ジンファン)
さまざまな惑星を旅してきたという語り手が、独自の進化を遂げた知的文明をひとつひとつ語っていく。
どの惑星も脅威の生態を持ち、神秘性と不穏さの絶妙なバランスがいい。特に崖に住むピマチェーの真の過去は想像をかきたてられます。
アイフオウーみたいに時間軸が違いすぎる生命が共存している世界も面白い。
ストーリー性は少ないですが、楽しめました。さまざまな文明を紹介する構成は、海を見る人/小林泰三 を想起しました。
折りたたみ北京/郝景芳 ★
表題作。 3層に分かれた折りたたみ型の都市。北京。
都市は1階層ごとに時間を区切って起動。起動中に人々は働き、 時間が来るとカプセルに入って就寝(スリープ)、 次の都市が起動され……というサイクルを繰り返す。そんな都市の第3層(最貧困層)に住む主人公が、他の層を訪れる物語です。
雇用問題という背景、舞台設定はすごくおもしろかった。
一方で「そもそも都市をややこしい折りたたみ型にした理由」がよくわかりませんでした。普通に平面上で壁で区切るだけではダメなのか。いろいろ理由を考えました。
- 複雑な機構の都市を建設することで、雇用創出
- 人口が多すぎて立体的にしないと収容できない
- 別層の様子がいっさい見えないデザインなので、住民側から貧富の差を実感しにくい=為政者支配しやすい
といった理由があるのかな?と勝手に納得することにしました。そこらへんも詳しく設定を知りたかったな。
コール・ガール/糖匪(タン・フェイ)
コールガールっていう言葉、現代日本だとあんまり聞かないよね。若い方には通じないかもしれない、とふと思う。
お話は……ちょっとマトリックスを思い出した。
蛍火の墓/程婧波(チェン・ジンボー)
死にゆく星々の世界から、新天地に向けて苦難の旅を続ける難民たち。
まるで童話のような、幻想的な旅路が描かれます。
「夏への扉を抜けて」とか「深紅の宇宙へのカーテンコール」といった小題がついています。夏への扉は、あのハインラインの夏への扉(より良い未来、を意味する言葉)からの引用でしょう。
他にも元ネタがありそうな気がしますが、わんこたんにはわからず。
円/劉慈欣(リウ・ツーシン) ★
舞台は紀元前227年。 秦の政王(始皇帝)と、暗殺者であり数学者でもある荊軻の物語。
不老不死を求める始皇帝に、 荊軻はある「装置」を提案し、円周率の計算に挑みますが……
アイデア、おもしろさ、意外性、物語性、史実との繋がり……どれをとっても超一級。 読み始めると興奮で手が止まらなくなります。初めて読んだ時はあまりの衝撃に脳が痺れました。
「円」は、 同じく劉 慈欣の大ヒットSF作品「三体」から 一部を抜粋・改変した作品。 「三体」ではどのような経緯で「円」が登場するのか。気になった方はぜひチェックを。
何を隠そう、管理人わんこたんも、「円」をきっかけに三体シリーズを読み始めて、どハマりしたのです。
一方で荊軻が登場するのは短編版の円のみ。荊軻の登場によって、新たな人間ドラマがうまれ、物語に奥行きが生まれている点も見逃せません。
つまり短編版の「円」も三体の中に登場する「円」も、どちらも最高に面白いよ!ーというわけ。
※「円」に登場する「あの装置」について、ちょっとPCに詳しい方によれば、
「理論はおもしろいが、どうやって”同期”をとるのか」
という指摘をいただきました。なるほど、これを実際に運用するのはかなり難しそうです。
以下は、三体シリーズ、及び「円」読了者向けのネタバレ考察
ここをクリックで開きます▼
生身の人間が、この人力演算機を稼働する場合、入力を視覚情報で得てから、旗運動で出力するまでにタイムラグが生じるため、各部位のタイミングが一致せず、演算を行うのはかなり困難です。 一方で、三体人どうしならば思考を一瞬で相手に伝達できるので、人力演算機を実際に運用することも可能だったでしょう。つまり、三体における計算シーンは、三体人の身体特性を示す「伏線」だったのです。
全く話は変わりますが、アプリゲームFGOのエピソード「人智統合真国 シン」もSF的切り口から秦の始皇帝を描いていて、めちゃくちゃ面白かったんですよね。始皇帝×SFに、ハズレなし。
神様の介護係/劉慈欣 ★
地球上に突如飛来した、20億人の年老いた神。
彼らはかつて地球に生命、そして人類文明を生み出した創造主であると主張、創造のお礼に老いた自分たちを「介護」してほしいと要求し……
図々しい創造主たちですが、彼らの切ない来歴にやるせない気持ちになります。
かつては栄華を誇っていたのに、コンピューター任せにしていたら、知能が衰えてなにもできなくなってしまった神様。AIになんでも頼る、今の人類と重なるようでゾワゾワ。
そしてラストに人類に待ち受ける超難題!神たちがまいた種が原因で……さすが神。こんにゃろ~w
円も、神様の介護係も、とにかく面白くて読みやすいんですよね。さすが劉 慈欣先生、といったところ。
エッセイ
劉慈欣、陳楸帆、夏笳天 による3篇のエッセイが収録されています。
中国SFの歴史の俯瞰、三体執筆の裏話、などなど。
中国国民にはさまざまな属性があり、とてもひとまとめに表せるものでない、特に若い人々の価値観は多岐に渡り、細分化している、という指摘にはハッとしました。
中国というラベルでひとくくりにすることはできない、これは日本にも言えることかもしれません。
日本は、国土こそ狭いですが、多様な価値観の人々がいて、その裾野はどんどん広がっている気がします。
まとめ 中国という国と、そのSFに思うところ
まえがきで編者のケン・リュウ氏はこう述べています。
中国の作家の政治的関心が西側の読者の期待するものとおなじだと想像するのは、よく言って傲慢であり、悪く言えば危険なのです。
- この描写は共産主義社会への批判なのかな?
- 中国の教育制度への批判を暗に描いているのかな?
なんて、中国(の政治)へのイメージを強く持ちすぎるあまり、私たちは中国の作家の作品から政治的メタファーを読み取ろうとしてしまいがちです。
もちろん、実際中国には検閲制度がありますし、作品には政治的な暗喩を含んでいるのかもしれません。
でも、まずはシンプルに、中国作家たちのSF作品を楽しんでほしい。そんな思いを感じました。
折りたたみ北京 の次に読みたいおすすめ作品
管理人わんこたんおすすめの中国語圏作家作品と記事を紹介します
数学×ミステリー×ちょい青春!
「文学少女」陸 秋槎(りく しゅうさ)は自作の推理小説について相談するため、同じ高校の「数学少女」韓 采蘆(かん さいろ)の元を訪れる。采蘆は数論をもとに、小説の新たな真相を導き始め……!?
数学×ミステリー×青春(×ちょい百合)な、脳みそを刺激する知的遊戯が楽しい1冊です。
紹介記事はこちら▶数学×ミステリーの新感覚が楽しい 文学少女対数学少女 感想 - わんこたんと栞の森
流浪地球/劉 慈欣
おすすめ作品、他にもいろいろ!
当ブログでは、さまざまなテーマで小説を紹介中!ぜひブクマして、気になる記事をチェックしてみてくださいね。