中国語圏作家のひとりである陸秋槎さんの短編集 ガーンズバック変換の感想を書きました。
ガーンズバック変換 あらすじ
ネットへの視覚的なアクセスを遮断する規制が敷かれた香川県からやってきた女子高生の大阪観光サイバーパンクの表題作、など、時代もジャンルも超越した、奇妙でとがった小説全8篇を収録した、短編集です。
- 著者:陸 秋槎 ▶Amazonの作品一覧ページはこちら
- 翻訳:阿井 幸作、稲村 文吾、大久保 洋子
- 発売:早川書房 2023/2/21
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象外
著者 陸秋槎(りく しゅうさ)さんについて
陸秋槎 さんは、中華人民共和国の作家。現在は日本在住です。ミステリーからSFまではばひろい作風。
百合作品(女性同士の恋愛要素を含む作品)が多いのですが、濃密な性描写ではなく、ほんとうにさりげなく奥ゆかしい描き方をしていて気品すら感じます。なので、性的な表現とかそういうのはちょっと……という方もご安心を。
以下に著者の作品を並べました。※書影クリックでAmazonの作品ページにジャンプします。
ガーンズバック変換 感想
SFだったり詩的ファンタジーだったり、異常論文だったり、ジャンルいろいろすぎて、とっつきにくい作品が多かった印象。
実験的な作品も多く、強くおすすめ!とは言い難いけど、表題作 ガーンズバック変換ラストの空気感は、唯一無二で、強く心に刻まれました。
以下、面白かった作品には★をつけています。
サンクチュアリ
著名ファンタジー作家のゴーストライターとして糊口をしのぐ主人公は、ユーディーモニズム(最善主義)のパンフレットを手に取る。
いついかなる時も他人を思いやるべしと訴える「最善主義」の実態とは。
脳をいじって、他人の苦痛に快感を得なくなる、という発想は、ハーモニーや、新世界よりのような世界観を想起させられました。肝心のストーリーは尻切れトンボで終わってしまい残念。
物語の歌い手
13世紀(?)の南フランスで、吟遊詩人ジャウフレに憧れて、裕福な実家を抜け出して旅に出る少女。旅を通じて、主人公は物語に、歌にのめりこんでいく。
情景は美しいのですが、物語としては起伏が少なく、あっけなく終わってしまうので個人的にはイマイチ。
三つの演奏会用練習曲
- 北欧に伝わる迂言詩(ケニンガル)
- ラートリーとウシャスの女王姉妹
- 神歌を歌い継ぐ島の巫女の物語
3つの小品からなる短編。これも、いったいどゆこと?という読み味ですが、言葉や物語が語り継がれる中で、本来の意味が抜け落ちてしまっていく、という空虚さを表したかったのでしょうか。
ケニンガルというのはケニングとも呼ばれ、実在する修辞技法らしい。
簡単な意味をあえてまわりくどく表現する、という、言語の役割から明らかに逆行する形で進化する言葉、というのは新鮮でした。(例:「空」を「大雨の桶」とするなど)
★開かれた世界から有限宇宙へ
ソーシャルゲーム制作会社のテキスト作成担当の私は、鳴り物入りの新規ゲーム開発プロジェクトに参加することに。
しかし、スマホのスペックの限界で、太陽の移動による影の変化が再現できない、つまりゲーム内世界では真昼間か真夜中しかない、という問題が発生。
12時間太陽が1点にとどまり、いきなり暗くなって次の12時間は真夜中が続く。そんな世界観を説明する原理や宇宙論を考案してほしいといわれてしまい。。。(そんな設定どうでもいいじゃん!というツッコミはさておき)
ミステリーの1ジャンル「日常の謎」のように「日常のSF」があってもいい、という作者自身の解説の通り、日常の中にSF要素を入れ込むストーリーが、おもしろい。
ゲーム会社社長 白崎の、掴みどころがないのに憎めないキャラ造形も好きでした。
というか、短編集の4作品目にして、やっと面白いのが読めた!今までの3作品はなんだったんだ??
作中に登場する「ライフゲーム」について私は知らなかったのですが、検索したらわかりやすい解説動画があったので、引用させていただきます。
インディアン・ロープ・トリックとヴァジュラナーガ
「異常論文」と呼ばれる、「論文ぽく見せかけた完全なフィクション」というSFの1ジャンルのようです。
論文といっても中身は報告書という感じで、これを異常論文と名付けてしまうのはちょっとカッコつけすぎというか。
異常論文自体、決して新しいジャンルというわけではなく、昔からSCPとして親しまれている「奇妙でちょっと怖い報告書」を、ちょっとカッコつけてカテゴライズしたという感じなのでしょうか。
※わんこたんお気に入りのSCP▶SCP-280-JP - SCP財団
フィクションの世界に登場する架空の研究、というと、ドグラマグラに登場する精神遺伝、などもありますね。
そういう過去の名作と比較してしまうと、本作はちょっと物足りなかったです。
ハインリヒ・バナールの文学的肖像
この作品については著者ご自身が脱稿時に簡単な概説をXに投稿しているので、引用します。
先週「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」というバカSF短編を脱稿した。ウィーンの世紀末からナチス時代まで活躍した架空のドイツ語作家の話。ドイツ語文学やクラシック音楽のネタが多い。日本の出版社に頼まれて、中国SFアンソロジーのための書き下ろし作品です。
— 陸秋槎 (@luqiucha) September 3, 2019
ハインリヒ・バナール(架空の作家・主人公)は、才能に乏しくも、偉大な作品を書こうと躍起になり、その結果とんでもないSF作品をナチスドイツ時代に生み出すことに……
ドイツの文学史・音楽史を詳細に調べ上げたうえで、架空の作家をそこに登場させる、という荒業。バカSF短編、と著者ご本人はのべているけど、史実部分の描写が細かすぎて、バカSFなのか、大真面目に作った文学作品なのか、楽しみ方がいまいちわからなかった。
★ガーンズバック変換
香川県ネット•スマホ依存症対策条例によって、香川県民の未成年者は液晶画面を遮断する特殊メガネ「ガーンズバック」をかけることが義務付けられていた。
香川県在住の美優は、幼馴染の梨々香に会うために大阪へ。その目的は……
明らかに香川県ゲーム•スマホ依存症対策条例が元ネタなのだが、批判の多さで話題となったこの条例をさらりとフィクションの世界に落とし込む手法がうまい。
なお遮断されるのは液晶画面だけなので映画やプロジェクター映像は遮断されないとか、そのために香川県ではプロジェクターの個人所有が禁じられているとか、細かい設定にニヤニヤ。
終盤に描かれる美優と梨々香の関係性が美しくて良かった。最後の2行がとくにいい!
この短編集、いい作品と理解不能作品の差が激しすぎるんだよなあ。
★色のない緑
テキストファイルから映像を出力できるくらいに機械学習が発達した近未来。翻訳作業も、難解な論文の真贋判定すらAIがほとんど行う。
機械学習の専門家である友人、モニカが自殺し、友人であるエマとジュディが彼女の自殺理由を探すストーリー。
AIがもてはやされる昨今ですが、機械学習が発達して誰でもなんでも作れて、みんながそれに頼るになったら、「誰も原理がわからない」社会が生まれるのでしょうか。
誰も原理がわからない。開発過程もわからない、結論しかわからない、だから直せない。
すでに私たちは、一部のエンジニアでしか仕組みのわからないもの、機械、スマホ、いろんなプログラムetcに囲まれて生活していますし、仕組みのわからない未来まであと一歩だと思うとゾワゾワします。(個人的には老神介護を思い出しました。)
最後に主人公が発したセリフは、機械では出せない、AIでは導き出せない慰めのセリフだったと信じたい。
ガーンズバック変換の次に読みたい おすすめ作品
外国語圏のSF短編集を中心におすすめ書籍をまとめました。
円 劉慈欣短編集/劉慈欣
劉 慈欣さんといえば三体シリーズがあまりにも有名ですが、この方、短編もめちゃくちゃ面白いんですよ。。。
歴史、哲学、そしてSF。おもしろ要素てんこ盛りの短編集に、脳みそ揺さぶられること間違いなし!
紙の動物園/ケン•リュウ
とにかく、SFってこんなに自由なんだ!気づかせてくれる1冊。ガーンズバック変換同様、作品ごとの振れ幅が大きいのが難点ですが、面白い収録作品も多いのでぜひ。
おすすめ作品 他にもいろいろ!