
『吾輩は猫である』殺人事件 あらすじ
酒に酔いうっかり水がめに落ちてしまったはずの「吾輩」が目を覚ますと、そこは上海だった……?
さらに飛び込んでくる苦沙弥先生殺害の報。謎を解くのは吾輩と猫の仲間たち!おなじみの迷亭、寒月、東風も巻き込んだ、大冒険がはじまる!
- 著者:奥泉光 → Amazonの著者作品一覧はこちら
- 発売:新潮社 2013/05/24
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象外
ちなみに、電子書籍版は新潮文庫版が底本になっていますが、紙書籍版(河出書房新社版)はこーんなかわいい表紙になっています。
著者 奥泉光 氏について
1986年にすばる文学賞で最終候補となった 地の鳥天の魚群 がデビュー作。
1994年 石の来歴 により第110回芥川賞を受賞されています。
ミステリー的な構造の作品が多く、『吾輩は猫である』殺人事件でも前半はミステリーとして展開していくのですが、終盤、物語は思いもよらぬ方向に動き出し……?
以下に著者の作品の一部をご紹介。※書影クリックでAmazonの作品ページにジャンプ
『吾輩は猫である』殺人事件 感想
※この記事では便宜上、夏目漱石による吾輩は猫であるを、原作と呼称します。
原作の結末に触れていますので、未読の方はご注意ください。
あの吾輩くんに、また会えた喜び
苦沙味先生宅に居候する吾輩くんは、うっかり飲んだビールに酔っ払い、水瓶に転落。安らかな心境で、南無阿弥陀仏と2回唱えて、おぼれ死ぬ、というのが原作のラストでした。
原作のこの終わり方…ひどくない?笑 適当に終わらせすぎでしょ漱石先生。
なので、その吾輩くんが、実は生きていた!という展開に、原作ファンとしては胸がいっぱいになりました。ここだけでもう泣いちゃうよね。
原作のラストシーンからシームレスにつながったかのような、冒頭の導入も秀逸。まるで漱石先生本人が書いたかのような、文体の模倣っぷりもすごい。
さて、吾輩くんですが目が覚めるとなぜか船の上。逃げ出し、たどり着いたのは日本から遠く海を隔てた上海の共同租界で……!?
中国(清朝)が阿片戦争でイギリスに敗北し、「南京条約」によって開港した上海に設定された外国人居留地のこと。後に英米列強と日本の租界をまとめて共同租界と呼ぶようになります。
共同租界では外国人たちの自由で優雅な暮らしぶりが見られた一方で、多くの阿片窟があったとされ、イギリスによって流入した阿片によって、人々がむしばまれている様子が、『吾輩は猫である』殺人事件の中でも描かれます。
苦沙味先生殺害のニュースに驚く
右も左もわからぬ上海の街で、犬に追われ、飢え、吾輩くんが、こころから鳴くシーン。あの、のほほんとした原作とのギャップよ……
運よくパブリックガーデンにたどり着き、安全な環境と食べ物を確保した矢先、かつての飼い主、苦沙味先生がなにものかによって殺害されたという情報が飛び込んできます。
ここで、吾輩くん、自分でも予想外なことに、悲しむのです。
別に苦沙弥先生、吾輩くんに優しくしてくれたこと、ほぼなかったようなw でも、家に置いてくれたその恩と愛が、自分の中にあったことに吾輩くんは気づくのです。こういう原作の解釈、好きだよ……グッとくるのよ……
猫仲間たちが、とにかく最高!
苦沙弥先生の横死について、上海で知り合った猫仲間たちも興味津々。
苦沙弥先生を殺したのは誰なのか?事件の謎を解くため、吾輩は猫たちの前で、生まれてから苦沙弥先生との出会いにはじまり、起こったできごと、出会った人物などをつぶさに語るのです。その冒頭の語りだしはもちろん、
「吾輩は猫である。名前はまだない。」
この演出、最高でしょ。ここにきて原作の「吾輩は猫である」が誕生するというメタ的しかけにニヤニヤがとまらない!
推理に参加するのは、ドイツ猫の将軍、フランス猫の伯爵、上海猫の虎君、さらにはイギリス猫のホームズとワトソン(!)、まで登場。まるで毒入りチョコレート事件を彷彿とさせる、緻密な推理合戦を繰り広げる……と思いきや、事態はニャンとも思わぬ方向に転がっていき……??
ちなみに猫言語は世界共通なので、(人間と違ってバベルの塔を建築していないからね)会話には不自由しないようです。
作品を楽しむためには原作読了がマスト
猫たちは、吾輩の語る吾輩の半生= 吾輩は猫である を全て聴き、その情報を前提として推理を繰り広げます。
つまりこの作品は 吾輩は猫である 読了が前提。
苦沙弥先生や奥さんの性格、友人の寒月や迷亭との会話、些細なできごと……などなど原作の細かな描写がすべて「ヒント」「伏線」になるので、原作を読んでないと楽しみが半減どころではなくなってしまいます。
逆に、原作を読んでいれば「まさかあの〇〇が重要な手がかりだったなんて!」「あの〇〇が裏でこんなことしてたなんて!」と、新鮮な驚きの連続を楽しめること請け合い。
原作は500ページの大ボリュームですが、ぜひ読んでから『吾輩は猫である』殺人事件に挑むことを強くおすすめします。
原作は青空文庫で無料で読めますが、やたら話が脱線して発想が広がるので、とにかくストーリーを追いたい場合にはAudible(朗読版)での聴き流しもおすすめです。
推理合戦ミステリー、と思いきや、まさかのSF展開に!
前半で骨太のミステリーと思わせておいて、吾輩くんの過去を辿る幻想怪奇の夢中冒険物語、さらにはSFにまで発展していく、盛りだくさんの展開には恐れ入りました。
ミステリー的導入から想像を超えた物語へ発展していくので、好みは分かれるかもしれませんが、個人的には大満足。
吾輩くん好きなら、とにかく読んでほしい一冊です。
『吾輩は猫である』殺人事件 残された謎を解説
ラストシーンをはじめ、これっていったい何だったの?という場面を考察しました。
以下、物語の結末に触れています。未読の方はご注意ください。
①ラストシーン、深夜零時に苦沙弥先生を訪れた人物はだれ?
主要な容疑者(甘木、迷亭、鈴木、多々良、東風、独仙)がこの時間帯に全員、寒月の見送りで港にいたという、ホームズの証言があるので、苦沙弥先生のもとにやってきたのはその誰でもない、ということになります。
がしかし、過去に戻る方法が確立された以上、未来からやってきた彼らのうちの誰かが、午前零時の訪問者、という可能性が。
つまり、埠頭にいたメンバーとはまた別の、未来からやってきた迷亭やら多々良やらが、苦沙弥先生を殺害するために零時に訪れたのかもしれない。
過去が次々書き変わっていくこの世界で、訪問者が誰なのか確定するのはもはや不可能。つまり、
問「深夜零時に苦沙弥先生を訪れた人物はだれか? 」
に対する解は
「不定」
ということを示したラストシーンなのかなと考察しました。そもそもこの後苦沙弥先生が殺されるのかも、わからない。
ぐるぐる巡りながら変化する円環の世界の中で、吾輩君はまた冒険に出るのでしょうか。そしてどこかで三毛子と再会する、のかもしれませんね。猫が自分のしっぽをクルクル追いかけまわすように……
②なぜ寒月と山の芋泥棒の顔がそっくりなのか?
上海で研究に勤しむ寒月は、やがて、苦沙弥先生の死のこと、麻薬を巡る陰謀のことを知り、義憤に燃え、苦沙弥先生を救うために自分を過去に送り込んだのではないでしょうか。
そして泥棒として、苦沙弥先生を守る為に陰ながら暗躍している……と。
つまり「寒月くんと泥棒くん 同一人物説」です。
もちろんこれは管理人わんこたんの妄想100%。社会主義を信奉する泥棒君の姿は、寒月くんのキャラクターと一致しないような気もしますが、それはそれ。
そもそも寒月も泥棒も原作から登場するキャラクターなのですが、「原作中でも両者の顔がそっくりであると言及されているのに、その理由が原作でまったく語られない」という、なんとも中途半端な描写をされているんですよね。
(まあ実態は漱石先生が設定を適当にすっとばしたせいなんでしょうけど笑)
そこにSF的解釈を持ち込むのも、ひとつの解としてアリではないでしょうか!
③なぜ苦沙弥先生のもとに「吾輩は猫である」の原稿があるのか?
「吾輩は猫である」は、吾輩君が上海で猫たちに口述した物語であった!というメタ的仕掛けについては先に書きました。
ということは誰かが過去に戻って夏目「送籍」なる人物にこの口述を伝えたのでしょうか……?
何度も時間旅行が繰り返され、何度も過去が、世界が書き代わり、そのどこかで、夏目「送籍」(夏目漱石とは違う、また別の世界線の人物)が「吾輩は猫である」の物語を知り、執筆した、のでしょうか。
すべては大いなる謎、摩訶不思議な猫的メルクリウスのせい、ということにしておきましょうか。
『吾輩は猫である』殺人事件の次に読みたい おすすめ作品
時を超える、ちょっとレトロな大冒険!おすすめ2作品を紹介します。
夏への扉〔新版〕 /ロバート A ハインライン
友人と婚約者の裏切りによって会社を奪われ、コールドスリープで未来へ送られてしまった主人公と相棒猫ピートの運命を描くタイムトラベル冒険物語。
ピートの愛らしさ、凛々しさは、猫好きさんにはたまらないはず。1958年から愛され続ける不朽の名作です。なお、令和時代の目線で読むと主人公がけっこうクズだったりしますが、そこはまあ、広い心で!
マイナス・ゼロ(広瀬正小説全集1) /広瀬正
1945年。空襲によって死ぬ間際の「先生」と交わした、約束。
18年後の1963年、32歳となった俊夫が、先生との約束の場所に訪れると、空襲で行方不明になっていたはずの先生の娘、啓子さんが、当時そのままの姿で現れて……?
戦前戦後の東京を情緒豊かに描き、直木賞の候補作にもなった、日本のSFを代表する傑作。人々の温かさが、すてきなんです。
感想記事はこちら▶︎日本を代表するSF小説 マイナス・ゼロの感想と考察 - わんこたんと栞の森
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