あらすじ
1945年。少年 浜田俊夫は空襲によって死ぬ間際の「先生」と、ある約束をします。
18年後の1963年、32歳となった俊夫が、先生との約束の場所(現・及川邸)に訪れると、空襲で行方不明になっていたはずの先生の娘、伊沢啓子さんが、当時そのままの姿で現れて、、、
戦前戦後の東京を情緒豊かに描いたタイムマシンSFの大傑作。直木賞の候補作にもなった、少しややこしくてほんのり暖かい、不思議な旅と家族の物語です。
- 著者:広瀬 正
- 発売:1965年発表、1970年単行本化
現在刊行されているのは2008年発売の集英社文庫の改訂新版 - Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象外
著者 広瀬正さんの作品情報
広瀬正さんは1924年生まれ。タイムトラベルを題材としたSF小説を多く手がけた、日本を代表するSF作家の1人です。1972年に残念ながら逝去。
2024年現在、広瀬正作品は、以下全6冊の単行本シリーズで読むことができます。「ツィス」「エロス」など、なんじゃこりゃ?というタイトルの作品もありますが、タイトルで敬遠したらもったいない面白さなのです。
※書影クリックでAmazonの作品ページにジャンプします。
装丁画は、全冊ご覧のとおり和田誠さん。素朴さとノスタルジーに溢れてる!
マイナスゼロ 感想と考察
主人公の浜田俊夫。タイムマシンで昭和7年に到着するも、帰れなくなってしまい大慌て。しかしそこに悲壮感はいっさいなし。
東京のオヤブン一家はじめ、あたたかい人たちに囲まれて、ラジオやヨーヨーを作ったり、前向きに人生を歩む姿が痛快で、楽しく読めます。
未来の技術を過去に持ち込もうとするあたりは、今で言う「異世界転生無双もの」に通じるものがあります。
散りばめられた伏線にニヤニヤ
タイムマシンSFである本作。序盤から、あ、これ伏線だな、と思われる描写が立て続けに登場。
以下の伏線がどう回収されるのか?を考えながら読むのも、見どころのひとつですね。
- なぜか昭和7年に存在する、32歳の俊夫にぴったりのツイード
- タイムマシンに入れてあるお金、の中にまぎれたおもちゃの紙幣
- 女優の小田切美子そっくりの娘、伊沢啓子さん
- 俊夫の進学・就職を助けてくれた、匿名の援助者
レイ子さんと白木屋の火災
悲しい別れもありました。レイ子さんと恋愛関係になるも、彼女は白木屋デパート火事(1932年)で帰らぬ人となり。
俊夫は未来から来たのに、1932年の白木屋火事という過去のできごとを失念していたのです。この結末は変えられたはず、レイ子さんを救えたはず、と悔やむ俊夫。
オヤブンとの会話で、火事からの救出時、ズロース(下着)を着用していなかったために、スカートの裾を気にして救助ロープから手を離して女性が亡くなった、というエピソードが語られています。
実際、白木屋の火災をきっかけに、日常生活での女性の下着着用の必要性等が叫ばれ、女性の下着着用につながったといわれています。
参考:東京消防庁サイト
一方で、レイ子とそのまま結ばれていたら、将来の俊夫の家族(〇〇家)は存在しなくてなってしまうんですよね。
この「マイナスゼロ」では一貫して「自分が観測して知っている未来は変えられない」ことが示唆されているので、レイ子さんの事件は、俊夫にとって変えられない運命だったのかもしれません。
レイ子さんが亡くなった後、俊夫は彼女の残したメモを見つけます。
俊夫はそのメモの意味に気が付きませんでした、そこには、浜田俊夫と及川氏、伊沢啓子と女優、小田切美子の年齢的なつながりがはっきりと書かれていました。
聡明なレイ子さんは俊夫の正体と運命に気づいていたのでしょう。そして自分が俊夫と結ばれる運命ではないことも、なんとなく察していたのかも。
まるで目の前にあるかのような、戦前の東京の姿、人々の暮らしぶり
このマイナスゼロのすごいところは、昭和7年(1932年)の東京の街並み、文化の描写がめちゃくちゃ細かくて、リアリティがあること。人々の息づかいがそのまま伝わってくるような、全く古びていない描写に驚きます。
この作品を書くために、著者の広瀬さんは、アサヒグラフをはじめ当時の資料を相当集めたことが、解説(星新一さんによる)からわかります。
一例をあげると
- 昭和の子どもたちの娯楽。雑誌の付録で組み立てる戦艦や戦闘機、のらくろ上等兵などの連載
- 新宿や銀座の街並み。建設中の三越デパート、縞模様の信号機
- 本当にただの「田園」だった田園都市
※田園都市株式会社(現 東急)が設立されたのが1918年(大正11年) - 松屋デパートの水着マネキン実演販売
※当時のマネキンは、人形ではなく、生身のモデルだった - 同じく松屋デパート6階で販売されている、高級冷蔵庫やラジオ
- 蛍光管がなく、原色のネオンサインあふれる夜の銀座
とにかくこの細かくていきいきとした描写を見るだけでも楽しい!マイナスゼロは1965年発表の作品ですが、今でもまったく色あせない魅力があります。
あまりにもややこしい人生になってしまった、及川家の人々。
最終的に俊夫は及川家の家主となるわけですが、ラストシーンで美子が記憶を取り戻し、その複雑な成り立ちが明らかになります。複雑すぎて初めて読んでときはすぐに理解できなかったなあ。
イラストにまとめてみました。(ネタバレ注意!)
読んだけどどうしてもわからなかった、、、という方のみ、どうぞご覧ください。
ここをクリックでイラストが開きます
啓子さんが産んだ子供が、、、という、円環構造になっているのがわかります。
自分の産んだ子が自分自身、というのは下手するとかなりホラーな展開。ですが、本作ではそうはならない。ま、そんなこともあるよね。くらいのでサラッとした軽やかさが、いいですね。
俊夫が啓子さんに「手を出した」描写が一瞬すぎて、読み返すまでわからなかったのも、またご一興。
唯一の謎、伊沢先生はどこからやってきたのか?
タイムマシンをこの世界に持ち込んだとされる、伊沢先生の出自についてはあまり説明がありません。
俊夫の予想では未来(それも、十進法の社会が12進法に切り替わり、言葉が全く変わってしまうほどの遠い未来)からやってきた未来人ですが、真相は不明です。
作中では啓子が伊沢先生の亡くなった娘さんにそっくりだったので、伊沢先生は啓子を養子にとった、と説明されています。
娘さんが亡くなったことと、伊沢先生がこの世界(昭和12年ごろ?)にやってきたのは、何か関係があるのかもしれませんね。
まとめ
ちょっと不思議で、暖かい、タイムトラベル小説の傑作マイナス・ゼロ。古い作品ですが、本当に面白いです。
ぜひ読んでみてくださいね。
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