小林泰三さん「らしさ」にあふれたミステリ短編集、大きな森の小さな密室の感想を書きました。
大きな森の小さな密室 あらすじ
様々な趣向を凝らした7つのミステリ短編集。シンプルな犯人あてミステリから、バカミス、SFミステリまで。おなじみのキャラクターたちも大活躍します。
- 著者:小林泰三
- 発売:東京創元社 2011/10/21
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象外
大きな森の小さな密室 感想
小林泰三さんのファン(ヤスミスト)ならニヤリとする作品が多い一方で、小林泰三さんの作風を知らない、ミステリー好きな方がいきなり読むと、「なんだこの作者はふざけてるのか!」と、怒りたくなりそうな、とがった作品多め。
ヤスミストしては楽しめましたが、小林泰三さんの作品が初めて、という方はアリス殺しや玩具修理者などを読んでから、大きな森の小さな密室に挑戦するのがおすすめ!
初心者向けからコアなファン向けまで、小林泰三作品を横断的に解説したこちらの記事をご覧ください。
以下に各短編の感想を書きました。特によかった作品には★マークをつけています。
大きな森の小さな密室
小林泰三ワールドではまあまあ有名な謎老人、岡崎徳三郎が探偵役で、アリス殺しでおなじみ谷丸警部と相棒の西中島も登場。3者の共演を楽しむ犯人当てミステリ。
親切なようでクセ者なお爺さん、岡崎徳三郎の助けをかりて、記憶を失った主人公が、凶悪殺人鬼と対決!
殺人鬼にまつわる備忘録の感想はこちら
「部屋のドアをこじ開けようとした」「うっかり転んで遺体に触った」みたいなキャラはミステリー界では怪しさMax。というわけで、犯人に意外性がなかった点は残念。
沢口幸子と宍倉がずっと一緒に滝を見ていた、読者に思わせておいて、実は……という仕掛けは面白かったです。
氷橋 倒叙ミステリ
倒叙ミステリーとは先に読者に犯人がわかっていて、犯人に至るまでのプロセスを楽しむミステリーのこと。
残念ながら、犯人が切羽詰まってベラベラと余計なことを語ってしまうので、犯人を追い詰める過程はそこまで楽しめなかった。やっぱり小林泰三さんは、普通のミステリーじゃなくて、ぶっ飛んだミステリが1番だな、なんて。
ファンはわがままなのです。
自らの伝言 安楽椅子探偵
安楽椅子探偵毒舌お姉さん、新藤礼都(れつ)登場!
高い推理力と、バカへの毒舌がとまらない礼都姉さんが、コンビニバイトをしながら、サクッと謎を解決します。
ガラケーとかプリペイド式携帯とか、懐かしい。SNSやLINEなどが普及した今では、このトリックは難しそう。
★更新世の殺人 バカミス
どんな謎でもたちどころに解いてしまう超限探偵Σ(シグマ)。見晴らしのいい密室でもおなじみの、このむちゃくちゃすぎる探偵が、むちゃくちゃすぎる理論で150万年前の地層から現れた死体の謎を解く!
超限探偵Σが活躍する見晴らしのいい密室は、思わず本をぶん投げたくなるような、唖然茫然の短編を多数収録。ミステリーというよりはSFかも。
小林泰三さんのコアなファンなら必読の書です。
見晴らしのいい密室。感想はこちら▶読者を翻弄するミステリー 見晴らしのいい密室 感想と解説 - わんこたんと栞の森
「神経質な程厳格に論理のステップを百パーセント確実に積み重ねていくのはΣのいつもの方法だ」というコメントのアホさ加減といったら。
現場に居合わせた(かわいそうな)新藤礼都の呆れっぷりが楽しい、バカミス。やっぱり小林泰三作品はこうでなくっちゃ!チェインジ!
★正直者の逆説 ??ミステリ
大きな森の小さな密室収録作の中で一番好きでした。タイトルに??ミステリとありますが、これは「メタミステリ」ということになるでしょうか。
まず館にたどり着くまでに遭難しかけたり、タクシー運転手の名前が平平平平(ひらだいらへっぺい)だったり、全く意味のない無駄な会話劇が、楽しい。これぞ小林泰三作品だな~という安心感。
そして丸鋸遁吉博士が取り出す万能推理ソフトウェア登場からの、まさかの、超限探偵Σのエピソード(短編集 大きな森の小さな密室 収録)とのリンク。
そしてメタミステリであることを応用した、ややこしい質問からの犯人あて。小林泰三さんらしさにあふれた短編集でした。
さて、作中では尺の都合で解説されませんでしたが、犯人以外が嘘を付けないこの世界において、
「今私が尋ねているこの質問自体、及び『あなたは犯人ですか?』という質問の二つの質問について『両方共に対して肯定の返事をする』、もしくは、『両方共に対して否定の返事をする』のどちらか一方が成り立ちますか?」
この質問を犯人じゃない人にしていたらどうなっていたんでしょう。「はい」 とも 「いいえ」とも答えられないので、解なし。ということになるのでしょうか。
(メタミステリの世界なので、解なしとなった時点でエラーを起こして世界が停止する、なんてことになったりして。)
読み返して気づきましたが、この質問をされて「えっ?えっ?ちょっと待ってくれ?」と混乱した丸鋸先生の回答。実はこれが大正解だった、というわけですね。ぎゃふん。
遺体の代弁者 SFミステリ
またまた丸鋸遁吉博士のものすごい発明が登場。
今度はスピーカー・フォア・ザ・デッド・システム。遺体の海馬からを生きた人間の海馬に接続して、遺体の記憶を呼び起こし、捜査に活用する、というものすごいシステムです。
そして、こちらも小林泰三作品ではおなじみの田村二吉(とある事件以降、長期記憶を失っている)が登場。田村二吉がなぜ長期記憶を失ってしまったのか?という経緯については、中編集「忌憶」に収録されています。
小林泰三さん、「人の記憶を他人に移植する」というテーマが大変得意で、いくつか作品を書いています。代表作に、失われた過去と未来の犯罪など。
畜生、人の顔を携帯CDプレイヤーみたいにしやがって!!
いや、お怒りごもっとも。
ところで最初の(気の毒な)記憶移植被験者 マイケル・ハーバードさん、なぜ田村二吉さんの記憶を持っていたんでしょう。このあたりは読んでもよくわからず。
★路上に放置されたパン屑の研究 日常の謎
大きな森の小さな密室に登場した岡崎徳三郎さんと記憶喪失者田村二吉さんが、不思議なパン屑の謎を解く!
こちらの田村二吉さんは平和な生活を送っているようですが、岡崎徳三郎の「暇つぶし」によって、田村二吉さんが毎回変な事件に巻き込まれている(しかし当の田村二吉さんはその記憶を、毎回失っている)という、トホホな状況であることがうかがえます。
なお田村二吉は記憶を失いつつも思考力が極めて高いキャラクター。田村二吉と岡崎徳三郎がタッグを組んで(?)殺人鬼に挑む長編作品 殺人鬼にまつわる備忘録もおすすめなので、ぜひ。
著者 小林泰三さんについて
小林泰三(こばやしやすみ)さんは1962年うまれ。ホラー、ハードSF、サスペンスを得意とする小説家です。
1995年、「玩具修理者」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞しデビュー。翌年単行本化され、ベストセラーに。
2020年11月に残念ながら逝去。未来からの脱出(角川ホラー文庫)が遺作となりました。
小林泰三さんのおすすめ作品を以下に並べました。
※書影クリックでAmazonの作品ページにジャンプします。
以下の記事では小林泰三さん作品を網羅的に解説していますので、あわせてお楽しみください
▶小林泰三さんの最高傑作は?ヤスミストがおすすめ作品を紹介します - わんこたんと栞の森
大きな森の小さな密室の次に読みたい おすすめ作品
ハードSF、おバカSFを中心に、おすすめ書籍を紹介します。
ハードSF好きなら外せない大ヒットSF小説「三体シリーズ」
小林泰三作品といえばハードSFですが、そのエンタメ特化版といえるのが三体シリーズ。よくこの小難しい話をここまでおもしろく書けるものです。
特に冒頭の文化大革命のシーンとか、重いし。歴史難しいし。でもおもしろすぎて、脳からへんな汁がでてきそう。
紹介記事はこちら▶︎読む順番は?文庫化は?三体シリーズ原作を徹底解説します - わんこたんと栞の森
おバカSFならこれを読め!呪い5.0/劉慈欣(流浪地球収録)
バカミス、はよくありますが「バカSF」は珍しい。小林泰三作品以外で読める貴重なバカSFがこちら。
男女関係のもつれから生まれたコンピューターウイルス。最初は呪いの言葉をディスプレイに表示するだけでしたが、徐々にウイルスは進化して……!?
三体と同じ作者とは思えないバカさ具合。ゲラゲラ笑ってよみましょう。