「殺人鬼にまつわる備忘録 / 小林泰三」の感想と解説です。
- 殺人鬼にまつわる備忘録 著者の小林泰三さんについて
- 殺人鬼にまつわる備忘録 あらすじと登場人物
- 殺人鬼にまつわる備忘録 ネタバレあり感想
- 殺人鬼にまつわる備忘録 謎を考察
- 他の小林泰三作品との関係について
- まとめ
- おまけ「記憶喪失系主人公」な作品たち
殺人鬼にまつわる備忘録 著者の小林泰三さんについて
小林泰三(こばやしやすみ)さんは1962年うまれ。ホラー、ハードSF、サスペンスを得意とする小説家です。1995年、「玩具修理者」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞しデビュー。翌年単行本化され、ベストセラーに。
2020年11月に残念ながら逝去。未来からの脱出(角川ホラー文庫)が遺作となりました。
SFの多い小林作品において、本作「殺人鬼にまつわる備忘録」はめずらしくSF要素なしのサスペンス。ハラハラドキドキ、読むのがとまらなくなるストーリーが魅力。
中編集の「忌憶」に収録されていた書きおろしを、長編に改編したのが、この「殺人鬼にまつわる備忘録」です。(ただしストーリーは大きく異なる)
以下に小林泰三さんの代表作を並べました。(書影クリックでAmazonのページへ)
殺人鬼にまつわる備忘録 あらすじと登場人物
ストーリーはずばり、
記憶が30分しかもたない男 VS 相手の記憶を改変できる殺人鬼
登場人物視点からあらすじを紹介します。
田村ニ吉(たむらにきち)
鉄パイプで殴られベッドで目覚めると、殴られて以降の記憶を失っていた、かわいそうな男性。
そばには自分で書いたと思しきノート。そこには、
- 「自分の記憶は30分しかもたない」
- 「自分は殺人鬼と戦っている」
果たしてニ吉の運命は??
雲英光男(きらみつお)
相手の記憶を改変できる超能力者。能力を悪用し、犯罪を繰り返すサイコパス殺人鬼です。自分の超能力がニ吉に通用しないと気づき、ニ吉を執拗に付け狙い、、、
ニ吉の観察によれば、見た目は30代、中肉中背で鋭い目の男、とのこと。
岡崎徳三郎
ニ吉を世話する高齢の老人。
殺人鬼に追われるニ吉をサポートする、親切なおじいさんかと思いきや、なにやら腹黒い一面も、、、?
北川京子
二吉の通う、話し方教室の先生。二吉は先生に好意を抱いています(すぐ忘れるが、会うたびに好意を抱く)が、ふとしたきっかけで雲英に狙われてしまいます。
殺人鬼にまつわる備忘録 ネタバレあり感想
記憶が〇分しかもたない主人公、という物語は多く存在しますが、「殺人鬼にまつわる備忘録」では、これを
記憶破断者 VS 記憶改変者
という分かりやすい構図にまとめています。貞子vs伽椰子、ゴジラvsメカゴジラのようなノリです。
「殺人鬼にまつわる備忘録」は、もともと「記憶破断者」というタイトル。
小林泰三さんのデビュー作「玩具修理者」と似ていて、ちょっとカッコいい!
文庫化に際し、このタイトルに変更されました。
雲英光男は相手の記憶を改変する能力をもつ「最強の殺人鬼」ですが、記憶が持続しない二吉には、その能力が通用しない。
つまり、
記憶を失ったり改変したりするシーンが何度も登場し、混乱しそうですが、2人の対決、という軸1本でスッキリまとまり、するすると読めます。
二吉は記憶こそ30分しかもたないですが、思考レベルが高く、困っている人を見捨てられない優しい性格。知恵と工夫でこの難局に挑みます。
記憶と記録、頼りになるのはどっちだ?
二吉にとって命綱となるのは「自分のことをメモしたノート」。
これにはいくつも弱点があります。
- ノートに全て記録するのは不可能
- 読むのに時間がかかる
- ノートを誰かに見られれば、自分の弱点をさらけだしたも同然
そう、本来「記録」は「記憶」にくらべて不便なもの。
しかし「記憶」を操る殺人鬼の存在によって、この「殺人鬼にまつわる備忘録」では記憶が全く頼りにならないものとなります。
- 殺人鬼の能力では「ノートの記録」は書き換えられない
「記憶」よりも「記録」のほうが頼りになる、そんな状況の転換も、本作のおもしろさのひとつです。
記憶よりも記録、と思いきや。
超能力者の殺人鬼と対峙する武器となるノート。
しかし、誰かが二吉の筆跡をまねて「ノート」に書き込んでしまったら?
二転三転する物語から、目が離せません。
最初のシーンの時系列はどこ?あやふやな時間軸
二吉は記憶が30分しかもたないため、「自分は殺人鬼に狙われている」というノートの書き込みを消さない限り、朝目覚めるたびに、「自分は殺人鬼に狙われたまま」と認識し続けます。
誰かが二吉の筆跡をまねて「自分は殺人鬼に狙われている」と書き込んでいたら?
もしかすると、冒頭、ベッドから目覚めて殺人鬼についての書き込みを見つけるシーンを、これまでも二吉が何度も繰り返しているとしたら?
そんな想像をするとゾクゾク。このあたり、さすがホラーSF作家!と感じます。
殺人鬼にまつわる備忘録 謎を考察
殺人鬼にまつわる備忘録は、ラストで一応の決着はつきますが、謎が残ってモヤモヤするシーンも多いです。
わんこたんなりの考察を以下にまとめました。
【謎①】一致しない時間軸
雲英の視点では、駅で殺人未遂を起こして喫茶店でニ吉と接触→翌日に、痴漢事件を起こしています。
むしゃくしゃする。昨日の失敗が後を引いていたのだ。
Kindle版111ページより
一方、ニ吉のノートの記録によれば、喫茶店で雲英と接触→数週間後に痴漢事件を目撃したことになっています。
二吉はノートを詳細に読み始めた。
そして、数週間前に自分が謎の人物に遭遇していることを発見した。
Kindle版121ページより
明らかに時間軸が一致していません。
二吉はノートの記載をもとに、殺人鬼との戦いを何度も繰り返しているのでしょうか?
しかしそれでは、二吉が目撃した痴漢の現場はなんなのか?超能力者が他にもいるのか?という話になってしまい、辻褄が合わず。
とある第三者がノートを改竄しており、二吉が読んだノートの内容は「改竄された世界」と考えられるかもしれません。
あるいはこの作者、小林泰三さんが得意とする並行世界理論、(いろいろな物語世界が同時に存在する理論)なのかもしれません。サスペンスとして読みつつも、SF的解釈もできそうです。
【謎②】結末はどういう意味?
「殺人鬼にまつわる備忘録」では超能力者雲英との戦いの決着後、二吉は再び記憶を失います。
ラストは二吉の「妻」を名乗る女との会話。急に出てきたこの女、いったい何者??
最初は北川先生かと思いましたが、「黄色い歯」との描写から、この人物は冒頭に登場した謎の女性「夏生」と思われます。
実は、夏生は、小林泰三氏の別作品「忌憶」の登場人物。ただし「忌憶」では、夏生は男性であり、フルネーム「北条夏生」です。
しかも「忌憶」では、田村二吉が夏生を殺害した、という設定となっています。
様々な並行世界の「田村二吉」と「夏生」が混線しているのでしょうか?二吉には記憶がなく、仮に変更世界の情報が流れ込んできても、自覚することはできないのでしょう。
超能力者との対決には勝ったものの、結局自分の人生を自覚できない二吉に悲哀を感じます。
【謎③】北川先生はノートに何を書いたの?
終盤、二吉が記憶を失う前に、北川先生が目を輝かせて二吉のノートに書き込みをしようとするシーン。結局北川先生が何を書いたかは不明です。そして最後に登場する夏生
このシーンのせいで、北川先生が一気にあやしく思えてくる!
- 冒頭で黄色い歯の女性が二吉の名前を知らなかったこと。
- 北川先生と黄色い歯の女性の印象があまりにも違いすぎること。
上記から、北川先生と夏生は別人と考えるのが自然そうです。
しかし前述の通り、小林泰三氏は、不確定な世界、並行世界をにおわすような作品を得意としており、北川先生=別の世界線では夏生、ということかも。
うーん、モヤモヤしますが、作者が亡くなっており、真相は闇の中です。残念。
他の小林泰三作品との関係について
「殺人鬼にまつわる備忘録」関連作品について、まとめました。
記憶が連続しない人間と、時間が連続しない人間
二吉は記憶が30分しか持たないため、眠れば記憶が途切れ、時間の流れは感知できません。
時間の流れを感知できない、といえば、「酔歩する男」!
カレンダーの日付や時計を見れば、自分の現在時点は把握できても、過去の記憶との連続性が保てない、という点は、小林泰三氏の別作品、「酔歩する男」(玩具修理者収録)と共通しているようで、興味深かったです。
記憶を失い、ノートの記述も信用ならない状況の二吉にとって、この世界は「時系列の繋がらない」「可能性(未来)が波動関数として発散してしまう」世界と言えるのかもしれません。
「田村二吉シリーズ」について
「殺人鬼にまつわる備忘録」はそれ単体で読んでもおもしろいのですが、本作だけではわからない「謎」もあり、すっきりしないのが残念。
- 冒頭と最後に登場する謎の「黄色い歯の女=夏生」は誰なのか?
- 二吉に「話し方教室」を紹介した北条氏は誰なのか?
- 冒頭でチーマーに襲われた友人とは?
など、不明な点も残ります。
実は本作は
小林泰三氏の著書には、他にも「田村二吉」「岡崎徳三郎」などが登場する作品があり、シリーズとしてゆるやかにつながっています。
田村二吉シリーズ+関連作品の一覧
- 「密室・殺人」
岡崎徳三郎が登場します。 - 「クララ殺し」
こちらも岡崎徳三郎が登場。 - 「大きな森の小さな密室」
収録作品のうち「遺体の代弁者」「路上に放置されたパン屑の研究」に田村二吉が登場します。「遺体の代弁者」はSFミステリー。「路上に〜」では岡崎徳三郎氏も登場。相変わらずかわいそうな二吉さんをもてあそんでいるご様子。 - 「忌憶」
収録作品「垝憶」は田村二吉初登場作品。「北条夏生」にも言及されています。
「殺人鬼にまつわる備忘録」冒頭でチーマーに襲われていた友人は誰なのか、の答えはこちらに。
冒頭は「殺人鬼にまつわる備忘録」と同じですが、ノートには「自分は殺人を犯した」と書かれていて!? 別の選択肢を選んだ田村二吉の物語を楽しめます。 - 「家に棲むもの」
登場人物から岡崎徳三郎への言及があります。
まとめ
小林泰三作「殺人鬼にまつわる備忘録」は、記憶破断者と記憶改変者という対照的なキャラの対決を描いたハラハラドキドキのサスペンス小説!
記憶喪失という一見致命的な弱点を持つニ吉が、知恵と工夫で立ち向かうストーリーは一気読み必至です。
小林泰三作品の中でもわかりやすい部類なので、小林作品初心者向けともいえます。気になったらぜひ読んでみてくださいね
おまけ「記憶喪失系主人公」な作品たち
一定期間を過ぎると記憶を失う「前向性健忘症」は、多くのフィクション作品で題材に。そんな作品たちをまとめました。
掟上今日子の備忘録シリーズ 記憶限度:1日(眠るまで)
眠ると記憶を失うため、1日限りで事件を解決する「忘却探偵」。
眠らなければ記憶は失われないので、あえて徹夜することも。
新垣結衣さん主演で実写ドラマ化もされました。白髪のガッキーがかわいい!
映画「メメント」 記憶限度:10分
強姦殺人された妻の復讐を果たそうとする男の物語。大事な手がかりは自身に刺青で記録。クリストファーノーラン監督作品です。
ラストシーンから巻き戻される予測不能の展開!1周だけで理解するのは難しいかも。
PrimeVideoでも視聴可能です。
博士の愛した数式 記憶限度:80分
本屋大賞の記念すべき第1回大賞受賞作品。
記憶はもたないけれど、数学を心から愛する博士と、少年「ルート」の温かな交流が描かれます。大事なことはメモ用紙に書いて、体のあちこちに貼り付けるスタイル。
映画化もされておりPrime Videoで視聴できます。
今夜、世界からこの恋が消えても 記憶限度:1日
記憶を1日で失う高校生の恋愛を描いた小説。
2023年6月現在、
なので、初回登録であれば、上記サービスの無料体験期間を利用して読んだり聴いたりできます。(上記のリンクから会員登録ページに飛びます)
これはキュンキュンキラキラしちゃうやつだ!
2022年に映画化され、なにわ男子の道枝駿佑さんが映画初主演をつとめました。
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