科学と記憶、性愛と恐怖、などなどを面白おかしく描いた、小林泰三さんらしさにあふれたSF短編集、天体の回転についての感想です。
天体の回転について あらすじと基本情報
小林泰三さんによるSF短編集。
ふざけたようなもの(?)から、ニヤリとさせられるものまで、人によって趣味の分かれそうな、収録作の振れ幅がかなーり大きいです。
表題作であり冒頭に収録されている「天体の回転について」、がイマイチだったかたも、ぜひ、3作目「あの日」までは読み進めてみてほしい!
- 著者:小林泰三
- 発売:早川書房 2008/3/1
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象外
著者 小林泰三さんについて
小林泰三(こばやしやすみ)さんは1962年うまれ。ホラー、ハードSF、サスペンスを得意とする小説家です。1995年、「玩具修理者」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞しデビュー。翌年単行本化され、ベストセラーに。
2020年11月に残念ながら逝去。未来からの脱出(角川ホラー文庫)が遺作となりました。
以下の記事ではおすすめの小林泰三作品を紹介しているので、あわせてご覧ください。
以下に作品の一部をのせました。(画像クリックでAmazonのページへ)
天体の回転について あらすじと感想
小林泰三さんらしさにあふれた短編の数々はファン(ヤスミスト)なら必読!一方で、クセが強いので、小林泰三作品を初めて読む方にはおすすめしづらい1冊でもあり。
以下に各短編の感想とあらすじを書きました。
天体の回転について
表題作。科学を忌避する村で生まれ育った主人公は、しかし、科学に興味津々。
「妖怪の森」から天に向かってそびえ立つ「天橋立」の正体を探るべく、彼は天橋立に単身乗り込むが……?
小林泰三作品で見られる、実在する名詞(ここでは天橋立)の取りいれ方、管理人わんこたん大好きです。短編集海を見る人でも、地球ではない筒状の謎の大地にある山脈に、崑崙とか、須弥山といった名前が付けられていて、ワクワクしたものです。
妖怪の森は(おそらく)人間の都市。そして天橋立の正体は軌道エレベーター!
というわけで軌道エレベーターの案内ガイド、リーナちゃんによる「仕組みがわかる!軌道エレベーター」というのがこの作品。SF小説を読みたいと思う方にとっては、なにこれ……と感じるかも。
リーナちゃんは表紙にも登場。絵は初音ミクのイラストレーターでもあるKEIさん。リーナーちゃんの顔と体がよく見えるように、タイトルの文字がちょろっとずらしてあるのが笑える。
未来を描いたSFに、よく登場するのがこの軌道エレベーター。これを使うと、とんでもない量の燃料をロケットに積まずに、効率よく宇宙船を運行できる。と考えられています。
たとえば、バクスター作、タイムシップでは、太陽の公転軌道を利用した、超壮大な軌道エレベーターが登場します。
タイム・シップは、ウェルズの古典的作品、タイムマシンの正当続編でもあります。
▶元祖タイムトラベルSF!タイム・マシン(HGウェルズ著)とタイム・シップ(Sバクスター)」感想 - わんこたんと栞の森
現時点ではエレベーターのケーブル素材の技術限界もあり、実用化には至っていません。日本では大林組が軌道エレベーター構想に積極的に取り組んでいるらしい。
参考▶︎宇宙エレベーター建設構想|大林組の広報誌「季刊大林」
タイトルの元ネタは、コペルニクスの著書天体(天球)の回転についてかな?
灰色の車輪
水星〜火星をめぐる軌道上に存在する人工天体クルーイーニャ。地上では行えない危険な科学実験を行うためのその天体で開発されたロボットの安全性を確認するため、麗奈は単身クルーイーニャに乗り込むが……
ロボット工学の三原則は、かのアイザックアシモフが提唱して有名な論理ですが、人間より優れた能力を持つロボットがこの三原則から外れたら?という物語。
しかしあまりに高度な思考を持ったロボットであれば、この三原則を守りつつ人類に反旗を翻すことも可能、だったりするのかも?
★あの日
突然教室に侵入し殺戮を始める殺人鬼。犠牲者の血が球となって溢れ出し…
ってちょっと待った。地球が舞台の小説だったらそんな現象は起きないよ??と、自作の小説のダメ出しを受ける主人公。
確かに宇宙進出が進んで、長い時間を地球外で過ごすようになったら、地球を舞台にした小説もいちいち物理学的な考証や説明が必要になるのかもしれません。なんかめんどくさいな。
しかし、主人公の書く小説が、いくら直しても全然おもしろくならないのには笑うほかない。
そして主人公が最後に口調から女性(?)だと明らかになるのは、叙述トリックを意識した、ということなのかしら。オチも含めてニヤッと笑って楽しめる1作でした。
性交体験者
女性が惨殺される怪事件が発生。その容疑者は「性交体験者」??
後書にも書かれているように、エロチックSFを目指したという本作。
確かにエロ、、、いけど冒頭のセックスシーンから、泰三先生らしいグロ要素が見え隠れ。これで興奮できるのは余程の強者だと思うので興味がある方はぜひ。
さらに後書には、ロボット三原則で有名なアシモフがアシモフにはセックスが書けない、と言われたことに憤慨して、神々自身という長編SFを書いたこと。
そしてアシモフをお手本に母と子と渦を巡る冒険(海を見る人収録)ではせっせとセックスを描写したとのこと。ですが、母と子と〜で興奮できるのも、だいぶ強者ではなかろうか。
(l海を見る人はめちゃくちゃ完成度の高い傑作SF短編集なので、ぜひ読んでみてくださいね)
SF小説のセックスシーンで個人的に思い浮かぶのは、小川一水さんの天冥の標シリーズ。めちゃくちゃ壮大な長編SFサーガで本当に面白いのですが、やたらセックスシーンが多い(そしてシチュエーションの幅が広い)のです。
小川一水さん自身も「セックスシーンが書きたかったのでいっぱい書いた。ありとあらゆるシチュエーションを盛り込んだが、一点集中型にすべきだった」(意訳)と正直に述べておられるので、ストライクゾーンの広さに自信のある方はよかったらどうぞ。
↓そういうシーンが特に多い第4巻。多すぎて、もはや読むのに疲労困憊。
★銀の舟
子供の頃に知った「人面岩」に心惹かれ、惑星探査メンバーに選ばれたサキ。地球ー火星の長期離を越え、ついに赤い大地に降りたったサキが目にするものとは
火星の人面岩、を知っている方はどれくらいのいるのでしょう。管理人わんこたんが子供の頃は、まだ子供向けオカルト本に人面岩や火星人のことが載っていたような気がするのですが。
20世紀に入り、マーズパスファインダー筆頭に、調査が進み、火星の大地の詳しい様子が明らかになって来ました。それゆえに、火星人の存在がSF界から消え去り、火星という舞台が、わくわくの謎の大地から現実に存在するものへと、認識が変化したのかも。火星の人など、「現実の火星」を舞台にした小説(のちに映画化)も大ヒットしました。
そんな人面岩ですが、この「銀の舟」では絶妙かつ巧妙に配置され、ラストに読者を欺く、舞台装置になっています。
書き方が本当に巧妙で、わんこたんも最後の最後まで騙されました。SFですが、ミステリー作家としても名高い、小林泰三先生の本領が味わえる名短編!
★三〇〇万
戦いでの勝利を誇りとしてきた戦闘民族が、地球侵略にやってきた!
地球人代表をこともなげに引きちぎって殺害した侵略者は、勝利を確信するのだったが……?
スパルタ兵とペルシアの戦いを描いた映画300を意識したかのようなタイトルと物語。
地球の外に出れば、地球の価値観は全く通用しない。技術の差、知能の差、の前に、価値観の差、が時に致命的になる、という発想が面白かったです。
★盗まれた昨日
「北」の実験によって、全人類の長期記憶能力が失われ、10分程度の短期記憶しかできなくなった世界。人類は記憶能力を補完するために、メモリを体内に差し込むようになる。
……わたしは気が付くと記憶を失い、じぶんのからだが別人のものになっていた。記憶メモリを差し替えられた、私を待ち受ける運命は?
記憶メモリの差し替えによって肉体と記憶(人格)が入れ替わるので、とってもややこしい。ややこしいから終盤の状況を図にしてみたけど、合ってるかどうか自信がない。
ちなみに、全人類長期記憶喪失の発生直後の混乱や、記憶メモリのさらなる発展・人類の進化、などについては、連作短編集 失われた過去と未来の犯罪で読めるので、「盗まれた昨日」がおもしろかったあなたは、こちらもぜひ。
しかし記憶メモリが簡単に抜けちゃう仕様、ほんとどうなのよ。
★時空争奪
鳥獣戯画。平安~鎌倉時代に成立したとされる、この作品が、現代になって突然描き換えられた!?
原本にも、コピーにも、それどころか美術の教科書にも。全ての鳥獣戯画に、名状しがたいものどもが描きこまれ始め……
川と川の流れがぶつかりあうことで、上流の水が別の川に奪われ、下流に水が流れなくなる地理的現象を河川争奪、と呼ぶそうですが、それが時空単位で起こったら??という発想がすごい。
私たちの時空も誰かの時空を奪ってできたものかも?という発想を、宗教を理由に説明するのもおもしろかったです。
参考▶地形用語:河川争奪と風隙(River Dispute & Air Gap)とは
浸食してくる側の文明が、どうみてもクトゥルフ。
天体の回転について の次に読みたいおすすめ作品
天体の回転について、のような「表紙はかわいいのに中身はハードモード」なSF作品をご紹介!
閉じ込められた女学生の運命は?〔少女庭国〕
卒業式を迎えた羊歯子は気がつくと、ひとり部屋に閉じ込められていた!ドアには卒業試験を告げる貼り紙が。ドアを開けるとまた1人卒業生が。卒業生次々と増えていき、、、
これはデスゲームなのか?それとも……読者を驚愕の世界へ導く、理解不能系SF!
感想記事はこちら▶︎
初見殺しだけど読めば忘れらない1冊になる。ハーモニー/伊藤計劃
と、思わずさけびたくなる作品。なにせいきなりhtmlのようなプログラミング言語で物語が記述されているんだもの。混乱しながらページを読み進めると、そこに現れるのは……
ディストピア小説として名高い傑作SF。SF初心者にはおすすめしづらいですが、読めば忘れられない1冊になる、そんな作品です。
文庫版の真っ白表紙もいいですが、単行本のかわいい表紙も捨てがたい……