古今東西のSF作品の中でも「人を選ぶ」作品であろう、ハーラン・エリスンの短編集。以前読んで挫折した管理人わんこたん。再挑戦したら、意外と面白かった……?
死の鳥 各短編の感想と考察を書きました。
死の鳥 あらすじ
25万年の眠りののち、滅びを迎えつつある地球によみがえった男の戦いを描いた表題作「死の鳥」、人間を憎むコンピュータAMに閉じこめられた5人の恐怖と闘争の物語「おれには口がない、それでも俺は叫ぶ」など、アメリカSF界を代表する作家のひとり、ハーラン・エリスンの、代表作10篇を収録した日本オリジナル傑作選。
- 著者:ハーラン エリスン →Amazonの著者作品一覧はこちら
- 翻訳:伊藤 典夫
- 発売:早川書房 2016/08/15
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象外
著者 ハーラン エリスン氏について
ハーラン・エリスンはアメリカのSF小説家(1934-2018)。なお本人はSF作家ではなくfantasistと自称していたようで、実際、作品にはどこか幻想的、哲学的な印象を強く感じます。
SF評論家、高橋良平氏による後書によれば、トリックスターであり、トラブルメーカーでもあり、遅刻常習者でもあり、麻薬がなくても勝手にハイになれると言う様々な逸話を持つ伝説的な作家とのこと。
作品数は1000を超えるとのこと。すんごい量。以下に著者の邦訳刊行作品の一部を紹介します。※書影クリックでAmazonの作品ページにジャンプ。
死の鳥 感想
とにかく激しい、火花が散るような文章で描かれる暴力と退廃に満ちた世界。作品どれもが暗いエネルギーに満ちていました。当然ハッピーエンドはほとんどなし。
様々な古典が引用されるうえに、旧約聖書などの前提知識を要求してくるので、決して楽に読める作品ではなかったです。管理人わんこたん自身、半分くらいしか理解していない気がする。
それでも、読み返したり調べたりし、2016年に初めて読んだ時よりは、少しは理解できたような気がして、ちょっと嬉しかったり。少しだけ、エリスン作品とお近づきになれたような。
ファンが多いのにも納得の一冊でした。以下に各短編の感想を。
「悔い改めよ、ハーレクィン!」とチクタクマンはいった。
1965年の作品。
とにかく時間厳守な世界の支配者チクタクマン。彼を妨害する謎の義賊、ハーレクインが現れて…
※ハーレクィン=道化師の意味
しょっぱなからなんじゃこりゃ?と叫びたくなる独特な世界観。
チクタクマンや、ハーレクインといった、童話のようなネーミングに、ゼリービンズが降り注ぐ、ポップな世界。だけどその社会は恐怖そのもの。時間を守らないものがどうなるのか……それは読んでのお楽しみ。
ちなみに、エリスンは自他ともに認める遅刻魔。ハーレクィンとハーランで頭の韻が一緒なのはわざとらしい。
竜討つものにまぼろしを
1966年の作品。
通勤途中に事故に遭って死んだと思ったらイケメンになって転生!?という、現代でいうなら異世界転生ラノベ。
ラノベなら主人公の無双が始まるところですが、そうはいかないところがエリスンらしさか。
おれには口がない、それでもおれは叫ぶ
1967年の作品。
AMというコンピューターに支配され人類が絶滅して109年後、唯一生かされた5人は、AMの中に閉じ込められ、AMから永遠の苦しみを与えられ続けていた。
いやーすごかった。ここまでズブズブに煮詰めた地獄描写もなかなかない。エリスンの作品は全体的に暴力描写がきついんだけど、その中でも極地にあるのでは。
結末は、新世界より/貴志祐介のとあるシーンを彷彿とさせるのだけど、新世界より は地獄の中にも一抹の理性を残しているのに対し、こちらはとにかく怒りと苦しみを爆発させている、そんな印象。
エリスンの代表作と言われるのにも納得。後世の作品にもかなり影響を与えていそうです。(個人的には、女神転生シリーズのストレンジジャーニーを想起しました。あの雰囲気、好きだったなあ。)
実はこの作品自体、本当にゲーム化されていて、エリスン自身もAMの声で出演しているらしい。ノリノリじゃないですか。
参考▶エリスンの名作「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」を読んでゲーム版をやろう!|夏目葉
ゲーム自体はsteamで配信中。日本語版はありません。プレイ動画もみられますので、ハーラン・エリスンファンの方はぜひのぞいてみて。
▶Steam Community :: I Have No Mouth, and I Must Scream
プリティー・マギー・マネーアイズ
1967年の作品。
ラスベガスのカジノ。全てを失ったコストナーは最後の1ドル銀貨をスロットに入れる。スロットマシンからは3つの青い目が彼を見つめていた。
シンプルな物語だけど、ギュインギュインギュイン!てカジノで大当たりしたときの快感で脳がはじける、あの激しい感じを超ハイテンションで書いていて、その激しさのまま怪異が結びつく感じが好きです 。
世界の縁にたつ都市をさまよう者
1967年の作品。
1888年、犯行を終えた切り裂きジャックは、突如見知らぬ世界にワープしてしまい……?
うーん、最後まで読んでもよくわからんかったし。「フェデル」「ペースする」「フォームズする」といった独特の用語も意味不明。ただただ解体描写がグロかった。
どうやら、ハーラン・エリスンが編じたSFアンソロジー 危険なヴィジョン〔完全版〕1に収録されている、ジュリエットのおもちゃ/ロバート・ブロックと対になった物語のようです。そりゃわかんないよ!
死の鳥
1973年の作品。
ほろびゆく地球に、ただひとりよみがえった男。男はなぜよみがえったのか。男のなすべきこととは。ヒューゴー賞/ローカス賞の表題作。
いきなり冒頭から筆記試験が始まるという、意表をつく構成。読者はテストの受験生といった立ち位置で、このあとに続く地球の滅びと男の物語を題材に、テストに回答し、成績がつけられるようです。
いやー1回読んだ時点ではわけわからん、で終わってしまったのですが、以下の記事の解説を読み、作品を再読して、ようやく理解が追い付いてきました。
- 神(創造主)と蛇(知恵の実を人間に与えた、あの蛇)はそれぞれ宇宙の種族
- 神が人類を創造した際、蛇が知恵の実を食べるように唆したことで裁判となり、裁判によって蛇側が負ける(水晶の甲皮をもつ、裁判をする種族が存在する)
- しかし蛇側は神に一矢報いる為に、耐え忍ぶ。地球が滅びる際、蛇側は一人の人間をよみがえらせ、神に抗う
読者は、上記一連の神と蛇の戦いの物語を題材にした歴史のテストの受験生であり、神と蛇の歴史を俯瞰する、より上位の知性体ということになるのでしょうか?
あるいはこれ、「裁判をする種族」が、裁判官養成のため過去の判例と歴史をもとに作ったテストだったりして(あくまでわんこたんの想
こういう「創造主が宇宙のいち知性体に過ぎず、実は善でもなんでもなくて、倒すべき存在である」っていう物語は、女神転生っぽくてすごく好み。
でも正直、2回読んでも理解しきれてない。
この短編集 死の鳥 自体の表紙に描かれているのは鳥と蛇の眼、てことなんだろうな。
途中に挟まれるアーブーのエピソードは、エリスンの実体験とのこと。泣かせます。
鞭打たれた犬たちのうめき
1973年の作品。
ニューヨーク。ベスはアパートの中庭で1人の女が刺し殺されるのを目撃する。その上空からは、2つの巨大な眼が、全てを目撃していて……
都市を支配する神がいるとして、それはどんな神なのか。邪悪な想像を掻き立てられる、新たな神話。
私たちは都市の神に飼われる、虫ケラに過ぎないのかも。
北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中
1974年の作品。
ロレンス・タルボットはコミュニティ共同のディミーターから地図を手に入れた。地図に書かれた目的地は……
とにかく、わかりにくかった。
まず冒頭
ある朝、モービイ・ディックが不安な夢から目ざめると、海草の中で自分がひとりの巨大なエイハブに変っているのを発見した。
これは、以下の「変身/フランツ・カフカ」の冒頭を引用しつつ、人物名を「白鯨」の主人公モービィ・ディックに置き換えています。
ある朝、グレゴール・ザムザが気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変ってしまっているのに気づいた。
じゃあ主人公はモービィ・ディックなの?と思いきや、主人公はロレンス・タルボットだし、舞台はどこかの都市だし、主人公がコミュニティ共同と何を契約しているのかよくわからんし、とっても読みづらい!
主人公の名前ロレンス・タルボットが、映画「狼男」の主人公の狼男と同名であること.
地図に示されたのは、「ロレンスの魂のありか」であり、特殊な技術でちっちゃくなって、自分の身体に入り込んで、魂のありかまでたどり着こう、という目的が分かってきた後半になって、ようやく話が見えてきました。
登場する科学者 ヴィクトルの名前はヴィクター・フランケンシュタインが元ネタかな?
ロレンスタルボットの体内に入るシーンは、まさにミクロの決死圏という雰囲気ですが、解剖学的な人体探検ではなく、あくまで魂のありかを探る、概念上の人体探検なので、思い出の品がころがっていたり、湖や島(ランゲルハンス島)があったり。
その情景は美しく、印象的でした。
まあ、最後までよくわかんなかったんだけど笑、エリスンの作品にしては、暖かい終わり方だったかなと。
ジェフティは五つ
1977年の作品。
僕の同い年の友達、ジェフティは5才。ぼくが7歳になってもジェフティは5才、ぼくが14歳になってもジェフティは5才、いつまでもジェフティは5才だった。
それでもぼくとジェフティは友人どうしだった。あの事件までは……
エリスン作品にこどもがでてくるだけで嫌な予感しかせず、ずっとひやひやしながら読んでいました。
ジェフティは決して発達障害だとか、知的障害があるわけではなく、本当に時がとまっている、という設定。
ジェフティは懐かしい古き良き思い出の象徴。でも思い出はいつまでもきれいなままではとっておけなくて……古き良き時代は現実の時の流れに消えていくものだろう?という主人公の問いかけが辛い。
ソフト・モンキー
1987年の作品。
偶然に殺害現場を目撃したことで男たちに追われる身となったホームレスの老女。冷酷な追っ手は徐々に彼女を追い詰めていくが……
都市の汚濁と暴力。その中で強烈に輝く生が印象的。ソフト・モンキーを抱く老女は、最強なのである。
死の鳥の次に読みたい おすすめ作品
死の鳥のような「暗いエネルギー」を感じるおすすめ書籍をご紹介。
玩具修理者 /小林 泰三
表題作は一見するとホラーですが、「死とはなにか」「生物をどこまでも分解していったとき、生命はどこにあるのか」というテーマを含んだ、バイオ系SFでもあります。
登場人物たちを突き動かす暗いエネルギーとSFな世界観の融合……必見です。
おすすめ作品、他にもいろいろ!