小林泰三さんの著作は、読者の好みのわかれるタイプが多いですが、この2作品が突破できたなら、他の小林作品も絶対に楽しめるはず!
そんな、小林作品の入口、かつ試金石といえる「玩具修理者」「酔歩する男」について語ります。
両作品は、玩具修理者 (角川ホラー文庫)に収録されているよ!
- 著者:小林泰三(こばやしやすみ)
- 発売:1996/4/1 角川書店
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible:聴き放題対象→冒頭5分を試聴(リンク先で▶サンプル ボタンを押下)
小林泰三作品では唯一「耳で聴く読書」Audible化されています。全身を包み込まれるような、めくるめく不思議と恐怖の迷宮を、お楽しみください。
Audibleは月額料金1500円ですが、無料体験の利用で「玩具修理者」を丸ごと聴けちゃいます!ぜひお試しを。
著者 小林泰三さんと、玩具修理者について
小林泰三(こばやしやすみ)さんは1962年うまれ。ホラー、ハードSF、サスペンスを得意とする小説家です。
1995年、「玩具修理者」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞しデビュー。翌年単行本化され、ベストセラーに。
2020年11月に残念ながら逝去。未来からの脱出(角川ホラー文庫)が遺作となりました。
表題作の「玩具修理者」では、とある女性の回想からはじまる恐怖と神秘の物語が。
「酔歩する男」では、愛した女性を生き返らせるために「時をかけるおじさん」となってしまった主人公の悲劇が描かれます。
以下に代表作を並べました。(書影クリックでAmazonのページへ)
小林泰三作品には読む順番がある?
ふつう、この作家さんはこの作品から読むべし!なんて、当ブログで紹介することはありません。読む順番は読者の自由。
しかし
小林泰三作品に限っては、そうもいかないのよ
あまりにもトリッキーで実験的な作品が多く、読む順番によって「なんだこの作者、ふざけてるのか!」と思われてしまうかも。
「見晴らしのいい密室」を読んだときは、1話目で本をぶん投げたくなった。
玩具修理者・酔歩する男は小林泰三さんの初期の作品にして、そのホラー・SFなエッセンスと、読者をひきこむ会話劇が凝縮されています。
「なるほど、こういう作家さんなのね」と判断する、最初の作品として、強くおすすめします。
玩具修理者(角川ホラー文庫)のあらすじと解説
収録2作品「玩具修理者」「酔歩する男」のあらすじと内容を、解説します。
玩具修理者 あらすじ
喫茶店の中で会話する「わたし」と「彼女」。
室内にも関わらず、彼女がサングラスをつけっぱなしでいることをいぶかる、わたし。
彼女は、サングラスをつける理由となった、こどもの頃の「事故」について語り始めます。
事故でけがを負った彼女が出会った「玩具修理者」。その正体は……
玩具修理者 感想と解説
この作品、一見するとホラーですが、「死とはなにか」「生物をおもちゃのパーツのようにどこまでも分解していったとき、どこに生命の根源があるのか」というテーマを含んだ、バイオ系SFと見ることもできます。
最初に登場する「わたし」と「彼女」の関係性が、最後に明らかになる、というニクいしかけもいいですね。
玩具修理者の居室?の湿り気にみちた描写。小林泰三氏は、とにかく「不快感を催す汚い部屋」で読者をじらすのが本当にうまいんです。
めちゃくちゃピンポイントな誉め言葉
玩具修理者という存在も不気味ですが、こどものもつ、純粋・無知ゆえの、残酷で稚拙な発想も怖かったり。
なお、個人的にこどもが死んでしまう作品はとても苦手なので、ちゃんと道雄くんが無事に成長できて逆にほっとしました。(当人にしてみれば、それどころではないでしょうが)
玩具修理者の正体は?クトゥルフとの関係は?
玩具修理者は、こどもの持ち込んだおもちゃをなんでも直す存在。
たくさんの布を巻きつけ、手や足はぬめぬめと脂ぎっていて、風体はかなりあやしいですが、竹とんぼでも、ゲームソフトでもなんでも直してしまいます。
そして「彼女」は玩具修理者のことを「ようぐそうとほうとふ」と読んでいます。
といってもこれが名前というわけではなく、おもちゃを直しながら「ようぐそうとほうとふ」と叫ぶだけ。
「くとひゅーるひゅー」「ぬわいえいるれいとほうてぃーぷ」という言葉を発していた、という証言も。
単語だけきくと、明らかに「クトゥルフ神話」を意識していますね。
ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの小説『クトゥルフの呼び声』を起源とする、架空の神たちによって構成される、物語を指します。
クトゥルフは、いわば「現代創作神話」。その恐ろしげな世界観にファンも多く、様々なエンタメ作品にも登場し、「クトゥルフもの」という、いちジャンルを築いています。
例えば「ぬわいえいるれいとほうてぃーぷ」はクトゥルフ神話に登場する、ニャルラトホテプという名の邪神が元ネタかなと思われます。
とはいえ、小林泰三作品は他の作品でもクトゥルフ神話を意識した単語を登場させているます。(例:「忌憶」収録の中編小説、「奇憶」に登場するショゴス二号)
作品の世界がクトゥルフ神話とつながっている!というよりも、「玩具修理者が人智を超越した存在」であることを表現するために、クトゥルフっぽい単語を出しただけではないかと、わんこたんは考えています。
小林泰三さん、クトゥルフ好きだったのかな~
玩具修理者、ハンターハンターにも登場します。
富樫義弘作の人気少年マンガ「ハンターハンター」の敵キャラ「ネフェルピトー」が使う念能力「玩具修理者<ドクタープライス>」の元ネタになっています。
おもちゃを修理するかごとく、肉体を修復する能力。こちらは「死者の蘇生」はすることができません。
ハンターハンター25巻で登場します。
酔歩する男 あらすじ
何度も足をはこんだなじみの店に、行こうとすると、なぜかいきつけない。と思ったら次の日にひょっこり、その店を見つける。
そんなちょっとした勘違いのようなできごとに、恐怖が潜んでいるとしたら、、、?
血沼壮士(ちぬ そうじ)は飲み会の帰り際に、小竹田丈夫(しのだ たけお)という男から話しかけられます。
小竹田は血沼のことをよく知っているようですが、血沼には覚えがありません。ふたりになにがあったのか?小竹田は語り始めます。
それは2人が大学院1年生になったとき、所属する研究室に菟原手児奈(うない てこな)という女子学生が配属されたところから始まり、、、
酔歩する男 感想と解説
玩具修理者が「ホラーのようなバイオSF」ならば、酔歩する男は「ホラーのようなタイムトラベルSF」と呼べる作品。
時間の経過を感知する脳の部位を、破壊する、という発想もおもしろいですが、そこに、量子力学の理論にもとづく、「観測することで結果が確定する」「観測しなければ結果が発散する」というアイデアをいれこんでいるところも好きです。
このタイムトラベルは、眠るたびに勝手に発動し、過去へあるいは未来へどれくらいジャンプするのか制御不可。
いちど過去に戻れば、結果が発散し、未来でがんばったこともすべて無駄になってやりなおし。小竹田が希望を失い、だんだんと生活がすさんでいく様子にゾワゾワ。
酔歩する男を朗読で聴くと、、、?
とある場面で血沼が「ごうぉー!」という、なんともいえない叫び声をあげるのですが、ここをAudibleで聴くと、声優さんの気合の入った叫び声を楽しむことができます。
朗読で聴くと手児奈の不気味な存在が際立ちます。「聴く読書」Audibleは初回登録時1か月無料で試せるので、昔読んだなあという方も、ぜひ聴いてみてくださいね。
「手児奈」という存在について
小竹田と血沼が好きになる女性、手児奈。手児奈が電車にひかれて(線路に飛び込んで?)死んでしまったことを理由に、小竹田と血沼はタイムトラベルに手を出します。
手児奈自身も謎の多い女性で、公開日前の映画を観たことがあるといったり、まるで時間を跳躍しているような、言動をみせることがありました。そしてラストシーンでは、、、
すべてのきっかけは小竹田と血沼がタイムトラベルしたことなのでしょうか?それとも手児奈が原因だったのでしょうか?
原因→結果 という順番が意味をなさなくなり、なにが原因でなにが結果かもわからない世界に、閉じ込められてしまったかのようです。
手児奈(てこな)はちょっと変わった名前をしていますが、千葉県市川市の民話に「真間の手児奈」というものがあります。
手児奈は美しい女性であり、多くの男性が手児奈をめとろうと互いに争います。その様子が自分のせいだと憂いた手児奈は、海に身を投げてしまい、、、というストーリー
著者の小林泰三氏が亡くなっているので、真相は不明ですが、酔歩する男に登場する手児奈と近しいものを感じます。
酔歩する男にもクトゥルフ登場
小竹田が手児奈を映画に誘うシーン。
映画タイトル「アット・ザ・マウンテン・オヴ・マッドネス」ですが、これもラヴクラフト原作のクトゥルフ神話の一篇からとられています。
(邦訳名:狂気の山脈にて)
血沼、小竹田のキャラクター造形について
血沼、小竹田、ともに自分本位でわがまま。手児奈はおれのものいやおれのものと、手児奈を所有物あつかい。ちょっとイヤなやつ、というキャラクター造形です。
イヤなやつが時間の檻に閉じ込められる、という展開なので、恐怖の展開のわりに不快感なく、読めるのもいいところかも。
玩具修理者の後に読みたい本
こちらの記事では読み始めたらとまらない本を紹介中。小林泰三さんの「殺人鬼にまつわる備忘録」も選書に入ってます。ぜひチェックしてみてくださいね。
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