破天荒な主人公と、リアリティあふれる月面都市描写に注目!アルテミス/アンディ・ウィアーの感想を書きました。
アルテミス あらすじ
人類初の月面都市アルテミス。2000人の住民を抱えるこの都市で、ポーター(運び屋)として暮らす女性ジャズ・バシャラは、ある大物実業家から、明らかに「危険で」「非合法な」仕事の依頼を受ける。
しかし、その依頼は都市の暗部へと繋がっていて……
- 著者:アンディ・ウィアー → Amazonの著者作品一覧はこちら
- 翻訳:小野田和子
- 発売:早川書房 2018/1/25
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象外
著者 アンディ・ウィアー氏について
アンディ・ウィアー氏はもともとプログラマー。自身のWebサイトで火星の人を連載。これを2011年にKindle出版したところ大ヒット、SF作家としてデビューを果たします。
火星の人に引き続き、その後に執筆したアルテミス、プロジェクト・ヘイル・メアリーは全て映画化が決定!いま注目のSF作家のひとりです。
※書影クリックでAmazonの作品ページにジャンプします。
アルテミス 続編や映画化はいつ?
20世紀フォックスでの映画化が決まったのは2018年。がしかし脚本の決定以降は特に音沙汰がなく、公開時期は全くの不明です。どうなるのかなあ。
参考▶「オデッセイ」原作者の新刊「アルテミス」映画化に向け「トゥームレイダー」脚本家が執筆 : 映画ニュース - 映画.com
小説の続編については、2017年のインタビューで、アルテミスを舞台にした別の物語。(登場する保安官:ルーディが活躍するような)を書きたい、と述べています。
刊行ペースの早い作家さんではないので、気長に待ちたい。
しかし、人口2000人の閉鎖空間アルテミスで殺人事件なんて起きようものなら、内部犯ならすぐに特定されてしまいそうですネ。
アルテミス 感想
火星の人や、プロジェクト・ヘイルメアリーと違い、アルテミスの主人公は、お金の為なら犯罪行為にも手を出す、月世界のお尋ね者。
技術はあるが短絡的で無鉄砲なので、プロジェクト・ヘイルメアリーのような「善性」を期待すると、いまいちかも。
でも、そんな「ちょっと欠けた」キャラクターたちを応援したくなる、不思議な魅力がありました。
月面都市のエコシステムが面白い
月面都市アルテミスの空気はすべて酸素で、気圧が地球の20%という設定。
なるほど、外部との気圧差が小さければ、壁面への圧力は最小で済むし、理にかなっている……のかな?気圧が低すぎて水が61度以上熱くならなのが難点。
なお、実際の宇宙ステーションでは酸素と窒素が地球大気と同じ割合・1気圧になるよう調整しているそうです。
月面都市と違って宇宙ステーションの搭乗員は定期的に地球に戻るので、地球と同じ大気圧にしておかないといけないんだろうな、きっと。
参考:「きぼう」の室内はどうやって地球上と同じ空気組成、1気圧に保たれているのですか? | ファン!ファン!JAXA!
で、アルテミスの酸素はどこで作るのか。これは、月に大量に存在する灰長石(酸化アルミニウムを含む)の還元で大量のエネルギーと引き換えに酸素を得ているという設定。
なのでアルミニウム産業はアルテミスを支える一大事業。それを担うのが「サンチェス社」なのですが、その裏には……というのが、アルテミスのストーリーです。
科学描写もわかりやすくて面白い
アンディ・ウィアー作品といえば、わかりやすくておもしろい科学描写。
真空中では排熱できない(熱エネルギーを受け取る媒体となる空気がない)から冷却が重要、などなど、今作もいろいろ勉強できて楽しい!
火星の人は、この科学根拠の説明が長くて、冗長な感じもありましたが、本作は科学のお話と、ストーリーの緊張感がちょうどいいバランスだったなあと感じました。
主人公 ジャズ。好き嫌いがわかれそう?
アルテミスの主人公:ジャズ・バシャラは、月面都市アルテミスの労働者階級の女性で、もとは地球のサウジアラビア出身です。
お金を稼ぐため、合法・非合法とわず仕事を請け負い、人を傷つけることはしないものの、結構重大な破壊行為をやらかします。つまり「問題児」
最終的に、彼女の行動がきっかけで(予測できなかったとはいえ)アルテミスの住人が命の危機に瀕するので、読者にとっては好き嫌いがわかれそうなキャラクターだなと感じました。
その点、アルテミスの次に書かれた作品、プロジェクト・ヘイル・メアリーは、科学的思考の楽しさ、火星の人のようなポジティブ主人公、隠された秘密を解き明かすサスペンス要素が、うまく調和していてめちゃくちゃ良かったです。
アルテミスのジャズが苦手だな……と感じた方は、ぜひプロジェクト・ヘイル・メアリーを読んでみてほしいなと。
ちなみに、アルテミスにはジャズを筆頭に多種多様な人種の人々が居住しています。
なんとなく、月面開発ってアメリカや欧米中心主体で、つまりそこそこ白人が多い環境なのかな?と想像してしまいますが、そのあたり、アルテミス成立の歴史的背景も語られていておもしろかったです。
アルテミスの登場人物
ジャズ以外のアルテミスの住人をまとめました。だいたいみな、不法行為に走りがちなジャズのことを心配しています。
ルーディ・デュボア
アルテミスの保安官であり、数少ないアルテミスの保安担当者。ジャズのことを子供の頃から知る腐れ縁のような仲で、違反行為に手を染めるジャズに手を焼きつつも、なんだかんだジャズのことを心配している。
ボブ・ルイス
EVAギルドのトレーナーであり元アメリカ海兵隊員。彼の許可なくして観光客相手のEVA(船外活動)ツアーは行えない。なんだかんだジャズのことを心配している。
デイル・シャピロ
EVAマスター。ジャズとはよき友人だったはずだが、とある理由で仲違いしている。なんだかんだジャズのことを心配している。
アマー・バシャラ
ジャズの父親。敬虔なイスラム教徒であり、アルテミスでは名の通った溶接工として、みなから慕われ信頼されている。
主人公のジャズとは不仲だが、なんだかんだジャズのことを心配している。
マーティン・スヴォボダ
アルテミスの欧州宇宙機関(ESA)リサーチセンターに務める。研究ひとすじでオタク気質。優秀な電気工学技士であり、ジャズに協力する。
トロンド・ランドヴィク
サンチェス社が独占するアルミニウム産業に参入しようとして、ある破壊工作をジャズに依頼する。
一人娘で足が不自由なレネのために、低重力のアルテミスに移住したという背景。
ジンチュウ
「ZAFO」と書かれたケースをもち、トロンドと接触していた人物。
グギ統治官
元はケニアの財務大臣。宇宙産業を立ち上げ様々な国や企業と協力し、特別行政区:KSCを設立し、「どこからともなく」資金を調達して、アルテミスを生み出し、そのトップにたつ。
つまるところ、アルテミスを維持するため、清濁あわせ飲む覚悟を持った、凄腕の女性統治官。
アルテミスで生まれ育ったジャズを「仲間」と呼ぶ。その本心は……??
ケルヴィン
地球在住。ジャズとは9歳の頃からのメル友で、互いにいろいろと便宜を図る関係。
和訳にかなり癖がある
アルテミスの翻訳は小野田和子さん。かなりクセのある訳文で好みが分かれるかも。自分はちょっと苦手でした。
「ああ、ぜんぜんわかってないわね」わたしはジンのほうに向き直った。「火事。万が一、アルテミスで火事が起きたら、そりゃあ悪夢なんです。外に出ればいいってもんじゃないんだもの。可燃性の素材は、よっぽどの理由がないかぎり違法なんです。いちばんいてもらっちゃ困るのは、ライターを持ってうろつくバカの集団」
アンディ ウィアー. アルテミス 上 (ハヤカワ文庫SF) (p.32). 早川書房. Kindle 版.
こんな感じで、ジャズのセリフに「ですます調」が急に混ざってくる。ジャズのキャラクターを際立たせたかったのかな……?そのせいで、読みづらく感じてしまいました。
ちなみに、同じ小野田和子訳のプロジェクト・ヘイル・メアリーにはそのような読みづらさはありませんでした。うーん、謎。
アルテミスの次に読みたいおすすめ作品
月って、SF作品だとなぜかはみ出し者が集められがち……な気がする。そんな地球唯一の衛星「月」が登場するおすすめ作品を集めました。
天冥の標シリーズ/小川一水
地球から遠く離れた植民星ハーブc。そこで巻き起こる事件をきっかけに、ハーブcと、人類の壮大な歴史が徐々に明らかになっていく、長編SFサーガです。
ちなみに、月にまつわる重要な経緯がわかるのはシリーズ3作目以降。読み始めたらとまらなくおもしろさなので、ぜひ。
月は無慈悲な夜の女王/ロバート・A・ハインライン
こちらでは流刑地となった月世界が登場。流刑者たちと、その子孫を中心に月世界は発展していきますが、地球政府の圧政に苦しめられていて……
後年のSF作品に多大な影響を与えた「月×革命×人工知能」SF。訳が古いこともあって読みづらいですが、一生に一度はチャレンジしたい、偉大なSF作品です。
感想記事はこちら▶︎未来先取りのSF小説!?月は無慈悲な夜の女王 感想 - わんこたんと栞の森
おすすめ作品、いろいろ特集しています