米澤穂信さんの新境地をひらき、映画化でも話題になったミステリー、インシテミルの感想を書きました。
インシテミル あらすじ
主人公 結城理久彦は車がほしい大学生。偶然目にした時給112,000円の求人に応募するが、それは参加者を閉鎖空間に閉じ込め、報酬をめぐって殺人をさせる、ゲームのような悪夢だった。
何事もなくすごすだけでも、破格の給料がもらえる。それでいいじゃないか。
そんな合意のもと過ごすはずだった12人だが、1人が死体になったことで、その目論見は崩れ去り……
- 著者:米澤穂信 → Amazonの著者作品一覧はこちら
- 発売:文藝春秋 2007/8/30
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象外
著者 米澤穂信さんについて
とにかく作品の幅が多彩で、読者を楽しませてくれる、ミステリ作家の米澤穂信さん
などなど方向性はいろいろですが、どの作品も、とっても面白いのがすごい!
※書影クリックでAmazonの作品ページにジャンプします。
管理人いちおしは黒牢城。朗読版(Audible)で聴いたのですが、主人公荒木村重の重厚感ある声と、牢獄に閉じ込められた〇〇の不気味さ、クライマックスの息苦しさが、たまらない!
気になる方は試聴もできますので、ぜひお試しを。
一方で、どの作品にも共通しているのは、練り上げられた構成と、丁寧な心情描写、さりげなくも的確に配置される伏線。まさに「読めば引き込まれる」作家さんです。
インシテミル 感想
最初は登場キャラの名前を覚えるのが大変でしたが、終盤、とある人物が監獄に入れられてからは、怒涛の種明かしに一気読み!
多くの有名ミステリーが引用され、著者の「ミステリー愛」を楽しめる1冊でした。(ミステリーに詳しくなくても楽しめるので、そこはご安心を)
以下、物語の内容に触れる箇所があります。未読の方はご注意ください。
インシテミル タイトルの意味は?
なんとなく不思議な余韻のあるこのカタカナ6文字。著者 米澤穂信さんのブログにはこのような記載があります。
初めて接したミステリは「新本格」でした。 その後さまざまなミステリを好きになり、また幸いなことに自ら書く機会にも恵まれてきましたが、初めてのミステリへの思いはどこかに持ち続けていました。 ある時、こういうミステリもまた好きだったという思いにひたすら淫してみようと思い立ち、書き始めました。仕上げた千枚の原稿には『インシテミル』という題をつけました。
読書にふけること、を意味する「書淫」という言葉がありますが、まさにミステリーの世界にどっぷり浸かるような、作品の世界観を象徴するタイトルだったのですね。
なお、単行本版の表紙には The Incite Mill とも書かれています。Incite=扇動する、Mill=ひき臼(コーヒーミルの、ミル)なので、参加者を煽って殺し合わせる暗鬼館のコンセプトを表しているかのよう。
つまりインシテミルというタイトルは「扇動して殺し合わせる」「ミステリーに淫する」のダブルミーニングと言えそう。
主人公 結城理久彦 ちょっとかっこいいぞ?
暗算苦手、英語苦手、ついでに銀杏苦手、苦手ばかりでどこか思考を放棄していたような主人公 結城理久彦でしたが、ラストにちょっと意外な正体が!
苦手づくしで良いとこなしのようにミスリードされていましたが、「姦淫聖書」のエピソードを披露していたり、須和名のことを「立っていたので芍薬のようだったがいまは座っているので、牡丹のようだ」と評していたり、文学に強い描写がそこかしこにありました。
メモランダムを見ただけで、フールスカップ紙(シャーロックホームズシリーズの中で良く登場する、道化師の透かしの入った紙)の名前を出せていたのも、◯◯に所属している伏線だったのかな。気づかなかった…
やはり最後に主人公がスカッと活躍してくれるのは、嬉しいものです。
ルールが結構複雑。すきを突いた「金額の罠」がおみごと!
暗鬼館の滞在ルール。複雑でついつい読み飛ばしてしまうのですが、うまく「コンボ」を決めると高額報酬をたたき出せるようになっていた。というのがミソでした。あんまり気にしていなかったので不意をつかれた気分。
主人公であり一人称である 結城理久彦が「計算が苦手」なためか、この部分に意図的に触れられてこなかったところ、読者にとってはミスリードになっていたのかも。
インシテミル 登場キャラクター
クローズドサークルもので、閉じ込められる人物(名前あり)が12人というのは、同種の作品の中でも多いほうではないでしょうか。
例えば「そして誰もいなくなった」は10人、「十角館の殺人」は7人です。
名前が多い分、序盤の読みづらさは否めませんが、ある程度人数がいないとラストの「高額報酬」を叩き出せないので、仕方がなかったのかな、と。
備忘録を兼ねて登場人物を以下に整理してみました。
- 結城理久彦
主人公(一人称)暗算・英語・銀杏が苦手。須和名との会話がきっかけで「高額バイト」を知り、車欲しさに応募する。 - 須和名祥子
育ちの良さそうな、謎めいたお嬢様。結城理久彦に、アルバイトのことを尋ねる。 - 岩井
金髪で鋲がうたれたレザージャケットを着た、不安げで落ち着きのない人物。序盤でインディアン人形を眺めていましたが、実は結城と同じ◯◯だったとは。人は見かけによらないものです。 - 大迫雄大
大学三年生。メンバーの中でもっとも大柄。 - 若菜恋花
大迫とは恋仲。 - 釜瀬 丈
小太りの男性。大迫を頼り、一方的に付き従っている。 - 西野 岳
もっとも年長に見える。くたびれた雰囲気にどんよりとした目。 - 箱島雪人 中性的な顔立ちの男子学生。
- 真木峰夫 整った顔立ち。超然とした雰囲気
- 関水美夜 中性的な顔立ちの女性。栗色の髪に、噛みつきそうな表情。
- 安東 吉也
なんとなく余裕ぶって飄々とした男性。ひょろっとして眼鏡をかけている。 - 渕佐和子 食堂でコーヒーを入れるなど、何かと世話をやいてくれる。ぽっちゃりとした女性。
- SHMクラブ
主催者。名前の由来を調べましたが、見つけられず… - 暗鬼館
参加者が滞在する施設名。「疑心暗鬼」からつけた名前でしょうか。おどろおどろしくも、なんとなく語呂の悪いネーミング。
モチーフとして登場するミステリー作品の元ネタたち
「ミステリーに淫してみる」という著者のコメント通り、大量の有名ミステリー作品が散りばめられ、ミステリーのカタログのように楽しめるのも、インシテミルの良いところ。
いつか全部制覇したい…という思いを込めて、引用作品をまとめました。
- 火かき棒 まだらの紐(シャーロックホームズシリーズ)より
まだらの紐の凶器といえば超有名な〇〇。火かき棒なんて登場したっけ?と思い読み返してみたら……一瞬だけ登場して、あっという間に曲げられていましたw
参考:海野十三訳 大久保ゆう改訳 まだらのひも THE ADVENTURE OF THE SPECKLED BAND アーサー・コナン・ドイル Arthur Conan Doyle
- 手斧 犬神家の一族/横溝正史より
スケキヨ、逆さまに突き出た足、などなどインパクトあるシーンで有名。
- ニトロベンゼン入りのカプセル 緑のカプセルの謎/ディクスン・カーより
実際の作品では青酸カリが使われていましたが、とある理由により作中ではニトロベンゼンに。
↓2016年に新訳版が出てました。嬉しいね!
- 絞殺用の紐 隅の老人の事件簿/バロネス・オルツィより
- ニコチン Xの悲劇/エラリィ・クイーンより
- マンドリン Yの悲劇/エラリィ・クイーンより
↓おお、表紙にマンドリンが描かれていますねえ。
- 22口径空気銃 第三の銃弾/カーター・ディクスンより
知らなかったのですが、こちらディクスン・カーの筆名なのだそうで。
- スリングショット 二つの微笑を持つ女/モーリス・ルブランより
- 氷のナイフ 茶の葉/ジェプスン&ユーステスより
いくら水筒に入れているとはいえ、滞在中に溶けちゃうでしょ。ハズレ武器すぎる。
世界推理短編傑作集3に収録。
- ボウガン 僧正殺人事件/ヴァン・ダイン
- 吊天井 白髪鬼/江戸川乱歩
青空文庫で読むことができます。 - 爆発するウッドクラブ 好打/ECベントリーより
いやいや爆発するウッドクラブってなんじゃそりゃあ。引用作品の中で1番読んでみたいのがこれ。世界推理短編傑作集5に収録。
- 十戒
推理小説のルールを示したノックスの十戒が、カードキーの裏面に書かれていました。(ロナルド・ノックスが発表した、推理小説を書く際の基本の10原則)
しかし特に十戒の内容が物語に影響することはなく。ただのファッション演出だったようです。 - 12体のインディアン人形 そして誰もいなくなった/アガサクリスティより
言わずとしれたクローズドサークルミステリーの元祖。
思いっきりタイトルでネタバレしているのに読むとやっぱりおもしろいという、偉大な傑作です。
なおかつては「インディアン人形」でしたが、差別用語にあたるということで、現在では「兵隊人形」という表記に改訂されています。
紹介記事はこちら
本家では1人死ぬごとに人形が1体ずつ減りますが、暗鬼館ではメンバーが減っても人形は減らず。このあたり「主催者の演出の詰めの甘さ」といえるのかも。なお主人公結城理久彦は、人形を見た瞬間(悪趣味だなあ)といっているので、人形の意味を知っている=ミステリー作品に詳しいという伏線にもなっていました。
-
Tremendous Trifles
須和名が娯楽室で読んでいた作品。邦題:棒大なる針小で、G.K.チェスタトンによる随筆集です。ウィットに富んでいて面白く読める、らしい。
一部関係者の過去は不明のまま。わたし、気になります!
「他殺体を見るのは初めてじゃない」という真木の発言。
関水や西野の背景などは、匂わされつつ本編中に説明はなく。
どんな事情があったのか、設定が気になる〜
今回インシテミルを読んで実感しましたが、やっぱり米澤穂信作品はおもしろい!まだまだ読めていない作品がたくさんあるので、早く挑戦したいです。
インシテミルの次に読みたい おすすめ作品
インシテミルのキーワード「本格ミステリーへの愛」「デスゲーム」に関連するおすすめ書籍をまとめました。
硝子の塔の殺人/知念
雪深い山中に閉ざされた硝子の塔。一癖も二癖もありそうな登場人物。ちょっと変わった名探偵と、そこで巻き起こる連続殺人…といういかにもな設定がたまらない!
インシテミルと同様、多くのミステリーを引用してますが、中でも館シリーズ/綾辻行人への愛に溢れまくっております。結末もしっかり騙されて大満足の1冊。
感想記事はこちら▶︎
クリムゾンの迷宮/貴志祐介
目覚めたら火星(?)を舞台にしたデスゲームに参加させられていた…という不条理極まりないホラー作品。
デスゲームでありサバイバルゲームでもあるので、限られたアイテムでどう生き抜くか?という「攻略感」がいいんです。最初のアイテム選ぶところなんかワクワクがとまらない。