かつて自動車業界を席巻したモデル、T型フォード。今となっては貴重品となった、この車両を巡り、過去と現在を結ぶ因縁が紐解かれる。
広瀬正さんの遺作となった傑作ミステリー T型フォード殺人事件、および同時収録作品の 殺そうとした 立体交差 の感想を書きました。
あふれるノスタルジーがいいね!
T型フォード殺人事件 あらすじと収録作品
自動車の歴史を華々しく彩った「T型フォード」。この貴重な一品を買取った富豪宅に集まった7人は、T型フォードをめぐる45年前の密室殺人の謎に迫ろうとするが……
収録作は以下の通り。広瀬正さんといえばSFですが、立体交差 以外は非SFなので、SF作品をお求めの方は少しだけご注意を。
- T型フォード殺人事件:ミステリー中編
- 殺そうとした:ホラーサスペンス短編
- 立体交差:タイムトラベルSF
解説は筒井義隆さんです。
- 著者:広瀬正 → Amazonの著者作品一覧はこちら
- 発売:集英社 2008/11/25
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象外
著者 広瀬正さん について
広瀬正さんは日本を代表するSF作家。
直木賞に何度もノミネートされつつも、受賞を逃し、まだまだこれからという矢先に亡くなってしまった、不遇の作家でもあります。
傑作「マイナス・ゼロ」を始め、タイムトラベルを扱った作品が非常に多い一方で、T型フォード殺人事件のようなミステリー作品も。ノスタルジーあふれる作風で、令和の今でも読者を楽しませてくれます。
現在は作品集として、和田誠さんのカバーがおしゃれな以下の6冊が集英社文庫より刊行中。※書影クリックでAmazonの作品ページにジャンプします。
T型フォード殺人事件 感想
収録各作品の感想を、以下に書きました。
T型フォード殺人事件
広瀬正さんの遺作となったミステリー。
昭和2年に、T型フォード車内でおきた殺人事件。
45年後の昭和47年。そのT型フォードを買い取った泉邸でお披露目会が行われますが、その途中で予想外の事態が発生し……という筋書きです。
ノスタルジーあふれる人物描写
T型フォード殺人事件は、一応密室トリックミステリーですが、メインはやはり大正末期から昭和2年にかけての、ノスタルジーあふれる人物描写でしょうか。
(というか、トリックはT型フォードの構造を利用したものなので、これをあてるの、かなり難しいような。)
過去と現在を行き来しつつ、犯人当て談義を絡めた、トリッキーな構成もおもしろかったです。
T型フォード殺人事件 登場人物
昭和2年と昭和47年パートに分かれるうえ、けっこう登場人物が多くて混乱するので、整理しました。
<昭和47年パートの登場人物>
- 泉 大三
T型フォードを譲りうけ、お披露目会を企画する。他にもカメラや鉄道模型など、(著者 広瀬さんが好きそうな)コレクション多数 - 泉 ユカリ 泉 大三の娘。
- ロバート・ジョーダン ユカリの婚約者
- 早乙女 寛 助教授。趣味で雑誌にクラシックカーの記事を書いている
- 疋田 善三
T型フォードのかつての持ち主。泉 大三にフォードを譲り渡す。医師。 - 曾我二郎
泉が贔屓にしている自動車修理工の若者。ユカリにちょっかいを出す。 - 白瀬 圭一 泉邸を訪れた小説家
<大正15年~昭和2年パートの登場人物>
- 辻井 篤 T型フォード殺人事件の被害者
- 疋田善之介 T型フォードの購入者。疋田 善三の祖父にあたる
- 疋田麻里子 疋田善三の叔母に当たる人物。辻井の婚約者
- 田中菊江 辻井と婚約(した気でいた)麻里子の女学生時代の同窓
- 馬杉 太一 疋田家の書生。書生とは「他人の家に下宿して家事や雑務を手伝いつつ、勉強や下積みを行う若者」を指すが、疋田家ではいろいろ雑務を押し付けられていた様子。
- 三田村 圭吉 ちりめん問屋の後継ぎ。麻里子に恋心を抱く。
終盤の人間関係がよくわかんなかったぞ?という読者のために、ネタバレありの人物相関図を以下に載せますので、ご注意ください。
ここをクリックして相関図を開きます
逮捕され出所した後、戦後の混乱の中で復活したり、名前を変えたりと、当時のおおらかさが伝わってきますね。
(本人に、あんまり悪気はないんだけど)麻里子の横恋慕で何人もの人生が狂わされ、麻里子自身も自分の行為を悔いる部分、なんだかおかしいようなかわいそうなような、不思議な気分に。
令和の今になって読むと、逆に新鮮でおもしろいです。
T型フォードはどんな車だった?
T型フォードについては以下のサイトが画像たっぷりで詳しいです。作中に登場したのは1924年製のクーペ型でした。
1927年に製造終了となるまでの19年間に1500万代を売り上げた記録を持つそう。
ちなみにカローラシリーズの累計販売台数は、1966年~2021年の55年で5,000万台、とのこと。時代背景を考えると、T型フォードの販売台数、かなりすごい記録ですよね。
▶トヨタ | カローラ 世界中で愛されて、5000万台 | 歴代カローラ | トヨタ自動車WEBサイト
T型フォードのパブリックドメインの写真があったので、以下にのせます。
よくよく見ると、ドア部分の蝶番が露出しているような。確かにこれなら「彼」も細工がしやすかった、かも?
広瀬作品ならでは?のウンチク盛りだくさん
冒頭、T型フォード開発の経緯からはじまり、カメラ、蓄音機の細かい知識が盛りだくさんなのはご愛嬌。
特に、発売当時は一般庶民に手が届かなかったであろうT型フォードは、広瀬さんにとっても憧れの逸品だったのか、車への愛が随所に感じられます。
殺そうとした
1961年に発表された広瀬正さんのデビュー作。デビュー作の立体交差、遺作のT型フォード殺人事件、どちらも自動車がテーマの非SF、というのは不思議な偶然ですね。
内容はサスペンスホラーといったところ。自動車教習所で指導員と受講者の関係でであった男女が、とある殺人計画を夢想しますが……短いながらもゾクっとする結末で、よくまとまっています。
立体交差
正確な発表時期は不明ですが、晩年に近い頃の作品のようです。
広瀬さんお得意のタイムマシンが登場し、主人公が未来(1984年)の東京の様子を垣間見る、という筋書き。長嶋茂雄がプロ野球巨人監督に就任しているのを「予言」していたりと、令和の私たちがニヤリとできる小ネタも。
(厳密には、長嶋監督は1974年に監督就任したのち、1980年には一度退任しているのですが)
未来の自分を知った主人公が、そのスジ書き通りに生きていく、と思いきや……
決まった未来なんてつまらない、何が起こるかわからないから、未来は楽しみなんじゃないか!そんなメッセージが聞こえてきそう。
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自動車に、鉄道。乗り物が印象的な作品を集めました。
車同士が楽しくおしゃべりする、唯一無二の世界感のミステリー!
紹介しておきながらすみません、管理人わんこたん未読です。読めたら当ブログで紹介予定!
オリエント急行殺人事件/アガサ・クリスティ
鉄道×ミステリーといえば、やっぱりこれ。何度もドラマ化されており、ストーリーをご存知の方も多いはず。
原作は結末の余韻が素晴らしいので、真犯人を知っている方もそうでない方も、ぜひチャレンジしてみて。
おすすめ作品、他にもいろいろ