18世紀イギリスとアメリカを舞台にした、壮大な歴史ミステリーが遂に完結。その感想を書きました。
エドワード・ターナー三部作 各巻のあらすじ
エドワード・ターナー三部作は皆川博子さんの以下3作品をまとめた総称です。
- 1作目:開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―(2011/7)
- 2作目:アルモニカ・ディアボリカ(2013/12)
- 3作目:インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー(2021/6)
2作目の出版から3作目までだいぶ年月があき、3作目の存在を知らなかった、という方も多いのではないでしょうか。以下に、各巻のあらすじを書きました。
1作目:開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―
18世紀ロンドン。外科医ダニエル・バートンの解剖教室に突如現れた2つの屍体。
盲目の治安判事ジョン・フィールディングスはダニエルと5人の弟子<バートンズ>に捜査協力を要請するが、彼らの証言には嘘が紛れ込んでいて……
解剖が偏見にさらされ、瀉血のような根拠のない医術ばかりだった時代に、最先端の医学知識で謎に挑む、バートンズたちの活躍が楽しい1冊。
解剖×歴史×ミステリーの三重奏を描き切り、2012年本格ミステリ大賞を受賞した作品です。
文庫版には前日譚を描く短篇「チャーリーの災難」と解剖ソングの楽譜を併録。解説は有栖川有栖さんという豪華ラインナップですが、Kindle版には収録がないので要注意!
2作目:アルモニカ・ディアボリカ(2013/12)
1作目「開かせていただき光栄です」から5年経った1775年。解剖学教室から姿を消したエドとナイジェルに思いを馳せつつ、日々精力的に活動する、元<バートンズ>。
しかし、とある坑道で見つかった屍体をきっかけに5人の弟子はショッキングな再会を果たすことに……
2作目「アルモニカ•ディアボリカ」ではナイジェルの過去にスポットが。恐るべき精神病棟の実態、秘密結社、などなど複雑に絡み合った過去が、彼らの前に立ちはだかります。
3作目:インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー(2021/6)
アメリカ独立戦争。1775年に始まったこの戦いに、イギリスから補給隊隊員として派遣された、エドワード・ターナー(エド)とクラレンス・スプナー。
1775年12月に、しかし、なぜかエドは大陸の牢獄に収監されていた。
囚人エドのもとに届けられる手紙から、エドの推理がはじまって……
エドワード・ターナー三部作の登場人物を解説
とにかく登場人物が多くて大変なこのシリーズ。
登場人物について、できる限り解説していきます。
作品のネタバレに触れる箇所があります。ご注意ください!
エドワード・ターナー(エド)
主人公(と言っていいと思う)。
容姿端麗。3作品全てに登場し、重要な役割を果たします。
- 1作目「開かせていただき光栄です」では、ダニエル・バートンの弟子5人<バートンズ>の一人として登場。とにかく切れ者で、貴重な標本を作成する技術とヒ素検出機を開発する才覚を持ちます。
- 2作目では解剖教室からははなれ、影から暗躍する存在に。
- 3作目では新大陸で従軍するも、なぜか牢獄に閉じ込められて……?
教会の下働きをしていた父親が無実の罪をなすりつけられ絞首刑になった過去から、イギリスの法制度に不信を抱く一面も。
自分を犠牲にして、仲間を助けようとし、他者を巻き込まないようにするあまり、独断専行的な行動をしがち。そのことで2作目以降、徐々に自らの人生の歯車を狂わせていきます。
仲間からの信頼の篤い、そして、本当に悲しい主人公。
1作目「開かせていただき光栄です」では「自分が死んだら体は喜んで解剖に捧げる」と語っていますが、その運命はあまりに切なくて……
ナイジェル・ハート
たぐいまれなる絵の才能をもち、解剖の細密画をかけるので重宝されている。
エドによれば「ナイジェルは、父親が細密画家で、幼いころから親しんでいた」とのことだが、その本当の過去が2作目で明らかになります。
- 1作目「開かせていただき光栄です」では、ダニエル・バートンの弟子5人<バートンズ>の一人として登場。
絵がうまいが体が弱く、エドにつきしたがうだけの存在に見えるが…… - 1作目のラストでエドとともに解剖教室からはなれた、ナイジェル。その後、衝撃の再会を果たすことに……
2作目では、ナイジェルの秘められた過去が明らかになります。
ダニエル・バートン
聖ジョージ病院外科医であり、ロンドンのカースルストリートで私的解剖学教室を開いている人物。作中で描かれる見た目は「ジャガイモ」。
5人の弟子を大切に思いつつ、その不器用な性格で本心をうまく伝えられないキャラクター。
エドから「エドの思考能力が失われたら、ナイジェルが細密画を描けなくなったら、それでもあなたは彼らを見捨てますか?」と問いかけられ、
「その時になってみなければわからない。大切だといえば世間は満足するだろうが。」と答えます。なんという正直で不器用な解答なのでしょう。のちにその答えを後悔することになるとも知らずに。
その正直さを隠せない物言いが、ダニエルの魅力。1作目「開かせていただき光栄です」で、5人の弟子は愛すべき先生と解剖教室を守る為に、行動を起こしますが……
ダニエル・バートンのモデル ジョン・ハンターについて
ダニエル先生のモデルになっているのは実在の外科医「ジョン・ハンター」。
作中同様、聖ジョージ病院の外科医で、解剖用の遺体を死体盗掘者から入手したり、研究成果について兄(ウィリアム・ハンター)と争ったり、といった実際のエピソードが、作中にも反映されています。
有名なジョン・ハンターの功績は以下の通り。
- 画期的な銃創治療の発見(無理に弾丸を摘出せず、そのまま残す手法)
- 動脈瘤の結紮術の開発
- 胎児の発達の全段階を図解した書籍の出版(ただし手柄を兄に奪われる)
- 人工授精の成功(※男性の精子を人為的に女性に注入して妊娠させる手法)
実際のジョン・ハンターは作中のダニエル先生よりも破天荒な人物だったようで、「生前どんな人物であっても、私が解剖したければ必ず手に入る」と豪語したり、淋病を解明するために、わざと感染したり、といった行為が伝えられています。
ジョン・ハンターの功績をはじめ、人体実験の歴史を知りたい方は、ぜひ「世にも奇妙な人体実験の歴史」を読んでみてくださいね。
ジョン・フィールディングス(サー・ジョン)
盲目の治安判事。
19歳のときに視力を失いますが、その分、他の感覚は鋭敏。
相手の手を触り、感情を読んだり嘘を見破ったりすることから、ブラインドピークと呼ばれ恐れられています。法を尊び、ロンドンの治安を守り、貧しい子供を救うことをよしとする善人。
1作目「開かせていただき光栄です」と、2作目「アルモニカ・ディアボリカ」に登場し、事件解決に活躍。
ダニエル・バートンの弟子<バートンズ>たちとは、基本的に協力関係にありますが、利害の不一致から対立する場面もあります。
実在の人物でもあり、The Supreme Court of the United Kingdom(英国最高裁判所)に、その自画像が存在。作中同様、ちゃんと目隠しをつけています!
参考:Sir John Fielding - Nathaniel Hone I | Wikioo.org - The Encyclopedia of Fine Arts
勲爵士ラルフ・ジャガーズ
2作目「アルモニカ・ディアボリカ」に登場。フランシス・ダッシュウッド卿の領地ウェスト・ウィカムを管理する人物。
ウェスト・ウィカムの坑道で見つかった「天使の屍体」についての情報を、アルたちにもたらします。
ダッシュウッドの権威を借りて、いばっている様子。
エドワード・ターナー三部作の感想
過去と現在を行き来しながらの謎解きの構成、みてきたかのような歴史描写、魅力的なキャラクターたちと、素晴らしい作品です。
素晴らしい作品ですが、3部作を全て読んで、ただただ悲しい。
バートンズには全員幸せになってほしかった。1作目でバートンズがばらばらになり、2作目でついにメンバーが退場。バートンズが復活できないのは明らかでしたが、それでも期待していた。彼らが幸せになってくれることに。
またイギリスで、みんなで「解剖ソング」を歌ってほしかったな、、、