
妻と春子とわたしは3人家族。育児に仕事に、一見ごくありふれた日常を過ごす一家。ですがそこは、人ではないナニかが暮らす、異形の街だったのです。
愛しくて、ちょっと悲しい、でも暖かい。不思議な家族の物語。
きつねのつき あらすじ
「あの災害」のあと、妻は春子を出産し、わたしたちは3人家族になった。
ヒトのようでヒトでない、何かが住まうこの街で、今日も私たちは暮らしていく。もしこの生活を脅かすものがいれば、私は……
- 著者:北野勇作 → Amazonの著者作品一覧はこちら
- 発売:河出書房新社 2014/06/04
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象外
著者 北野勇作氏について
SF作家であり落語作家でもあり、劇団所属の役者でもある小説家さんです。
不思議でほのぼので、時にちょっと不気味だったりもする、SF作品が魅力。
2001年、かめくんで第22回日本SF大賞を受賞。
X(旧Twitterでは)ほぼ百字小説を更新されています。
きつねのつき 感想
まずこの作品で、娘の春子ちゃんがけがをしたり、悲しいことになることはありません。春子ちゃんが危険なときは私(父=とお)がちゃんと守ってくれるので、心配な方はどうぞご安心ください。
春子ちゃんは最初から最後までかわいさ120%です。以下に、各章の感想を。
歌
春子ちゃんはおしゃべり大好き。オバケオバケというものだから、とお(私)と2人でオバケを探しに行きます。
「どもかん、いくたい、あそぶたい」
この春子ちゃんのセリフがいい。幼児だから「こどもかん」て言えないし、動詞の活用形があやふやで「いきたい」→「いくたい」になるのも、よくわかる。
うちの3歳児も「来る」→「きる」、「来ない」→「きない」ていうんですよね。この作品、こどものふとしたかわいらしさの切り取り方が絶妙なんです。
おばけを探しに夜の子供館に行きましたが、そこで観た不思議な光景は、いったいなんだったのでしょう……ね。でも春子ちゃんが満足したならOKかな?
隣
私の家の隣、老婆の住む家に、老婆の息子が転がり込んできます。息子は毎晩ひどい騒音をたてるので、私一家は困ってしまいます。
騒音は私の妻の健康にも悪影響をおよぼしていました。あの日、あの事故で姿が変わり、天井に貼りついたままの妻。そして、異形なのは妻だけではなく……
妻の姿は、めちゃくちゃ不気味でグロテスクで、春子ちゃんが泣くとお乳をポタポタ。このシーン、10年くらい前によんだときはキモいと思ってましたが、今読むと、妻の母性にじーんとなっちゃう。
授乳期って、赤ちゃんの泣き声聴くだけで乳房が張ったり痛くなったり、乳が漏れてくるものなんですよね。経験した今だとわかる、人体の不思議。
騒音問題が解決した後、妻の寝息と春子ちゃんの寝息がシンクロするシーンもまた、とても愛らしいのです。
面
こんなふしぎな世界でも、保活があるのです。
仕事のため、春子の保育園を探す私。役所に指定された面接に向かいますが、案内されたのは謎の地下空間で……??果たして保活はうまくいくのでしょうか?
いったいこの世界、どれだけ不思議なモノたちが跋扈しているのやら。どこか神話的で不思議なエピソードです。
そういえば、きつねのつき冒頭では「妻を返してもらいに」「いちどは登った坂を、そのために再び下っていった」と書かれているのですよね。
地下は死者の国。坂を下り妻に会いに行く私の姿は、古事記に登場する黄泉平良坂を下りイザナミに会いに行ったイザナギの話を連想します。
(変わり果てたイザナミに驚いて、逃げ帰ったイザナギとは違い、「私」は姿を変えた妻を取り戻すのですが。)
骨
春子は近所のお友達と廃屋で探検隊遊びをすることに、心配になった私はこっそり跡をつけていきながら、あの日、取り戻したばかりの妻の姿を思い出します。
近所で起きた嫌な事件も、遊びのネタにとりいれる子供たち。不謹慎かもしれないけれど、それは子どもたちなりに「嫌な事件」を乗り越えようとしている証なのかも。
ところでこの世界、他の子どもも、保護者も、警察官も、先生も登場するのですが、みんな「異形」なのでしょうか?ごくふつうの生活が営まれているので、不思議な気持ちになります。
暮
下請けの下請けの、そのまた下請けの仕事は、年末になっても終わらない。
そんなわけで、寒い冬の夜、わたしは仕事のために山を登ります。そう、かつて人口巨人が暴走し、倒れたことで形成された、巨大な台地の坂を。
この世界が生まれた経緯が語られる章。光景としてはグロテスクなんだけど、保育園の人形劇風に語られるので、なぜかほのぼの感もあって。
この絶妙な空気感、北野勇作作品ならではで、好きなのです。
灰
わたしの元へ訪れたのは、防護服に身を包んだ外の世界の人間。なにやらわたしにお仕事の依頼があるようです。
そうか、わたしの仕事はわたしだけでなく、妻の身体を使ってなしとげていたのですね。こんな状態になってしまった妻を使うということについて、ふつうの世界のようにみえてやはり狂っているんだなあ、と、そんなことをぼんやり考えてしまいました。
線
保育園からの帰り道。わたしと春子はやってきた不思議な電車に乗り込む。
どこまでが化かされているのか、あるいはすべてが化かされているのか、不思議な冒険のはじまりはじまり。
なんだか恐ろしい展開になりますが、とおがちゃんと守ってくれます。安心。安心。
花
とおと、かあと、3人でお花見に行きたい春子。しかし長雨が続いてしまいなかなかお花見にいけません。というか、そもそもかあは天井に貼りついているので天気が良くてもお花見に行けません。
でもね、奇跡は起こるのです。こんな不思議な世界なら。
泣いちゃうよね。どんなに世界が狂ってしまっても、姿かたちが異形でも、3人の幸せがいつまでも続きますように、と祈らずにはいられない、ラストシーンです。
きつねのつき と 3.11について
きつねのつきは2011年8月30日の刊行。あの3.11の震災のすぐ後でした。単行本版の帯には、こう書かれています。
3.11後の世に贈る、切ない感動に満ちた書き下ろし長編
管理人わんこたん、きつねのつきを2014年に読んだのですが、作中で描かれる大災害が、現実の原発事故と大津波のイメージに結び付いてしまい、なんとなく当時は作品の世界観に入り込めない感覚があったように思います。
2025年の今、きつねのつきを再読すると、姿かたちがかわっても、家族の在り方はかわらないのだな、というシンプルな暖かさを感じられるようになりました。3.11のこととは切り分けて、きつねのつきの世界を楽しめるようになった。そんな感覚があります。

きつねのつき の次に読みたい おすすめ作品
次に読みたいおすすめ書籍をまとめました。バイオ系SFホラーな、2作品!
天使の囀り /貴志 祐介
死を極度に恐れていた男が、アマゾン調査隊に参加の後、あれほど怖れていた『死』に魅せられたように、自殺してしまう。
調査隊の他のメンバーも、次々と異常な方法で自殺を遂げていて……
終盤の恐るべき光景にあなたは耐えられるか???
玩具修理者 /小林 泰三
喫茶店の中で会話するわたしと彼女。彼女は、サングラスをつける理由となった、こどもの頃の事故と、「玩具修理者」について語り始めますが……
一見するとホラーな作風ですが、「死とはなにか」「生物の命の根源はどこにあるのか」というテーマを含んだ、バイオ系SFでもあるのが、面白いところ。
おすすめ作品、他にもいろいろ!
当ブログでは、他にもさまざまな小説を紹介中。ぜひブクマして、気になる記事をチェックしてみてくださいね。




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