17歳の女子高二年の主人公が目覚めると、夫と17歳の娘をもつ、42歳の高校の国語教師になっていた!
唐突な時間のいたずらと、その中で奮闘する主人公。北村薫「時と人 三部作」の1作目、スキップ の感想を書きました。
言葉のひとつひとつが、とっても美しいんだよなあ
- スキップ あらすじ
- スキップ 時と人 感想
- SF小説、ではないので要注意
- スキップ お気に入りの言葉とシーンたち
- これが本当の妹コントロール (59ページ)
- ≪あのお方≫は、よく、いったわよ。(中略)私が高校生の頃には、一通りの料理はこなしたもんだって (71ページ)
- 「操り人形の葬送行進曲」(89ページ)
- いってみれば、わたしはロビンソン・クルーソーなのよ。(121ページ)
- 一ノ瀬先生の柔らかな授業が好きだった。(214ページ)
- でも、わたしは進む。心が体を歩ませる(249ページ)
- かえる語(308ページ)
- 「親父さんも最近、腹筋やってるのよ」(363ページ)
- この件について、どれだけのことを《知って》いるのだろう。(393ページ)
- 影の生徒会(488ページ)
- 足元で光がはじけ、音楽が爆発した(530ページ)
- 一ノ瀬真理子が「スキップ」したことの理由と考察
- スキップ の次に読みたい おすすめ作品
スキップ あらすじ
昭和40年代の初め。
わたし一ノ瀬真理子は17歳の女子高二年。自宅でひとり、レコードをかけ目を閉じる。
……目覚めると、わたしは桜木真理子42歳。夫と17歳の娘をもつ、高校の国語教師になっていた!わたしは一体どうなってしまったのか。25年の時を「スキップ」してしまったのか。
(まるで赤の他人のような感覚の)夫と娘の協力を得て、私は桜木真理子としての生活を歩み出し……
- 著者:北村薫 → Amazonの著者作品一覧はこちら
- 発売:新潮社 1995/08/01
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象外
著者 北村薫氏について
空飛ぶ馬(1989年)が鮎川哲也と十三の謎に選ばれデビュー。当時は国語教師をしながら、覆面作家として活動しており、女性作家では?と考えられていたことも。
日常の謎をテーマにした推理小説で知られ、鷺と雪(2009年)で直木賞を受賞しています。
スキップは時と人 三部作の1作目(2作目はターン、3作目はリセット)。作品はそれぞれ独立しており、どれから読んでも問題なし。
以下に著者の作品の一部を並べました。※書影クリックでAmazonの作品ページへ
スキップ 時と人 感想
スキップを始めて読んだのは中学生の時。
20年経って改めて読み返すと、こんなセリフ、こんなシーンあったなあ!と懐かしい気持ちに。
言葉のひとつひとつが瑞々しくて、輝いていて、真理子さんの複雑な思いを見事に書き表しているんです。再読しながら、記憶の底にある綺麗な石を掘り返しているような気持ちになれました。
管理人わんこたんの年齢が、スキップ後の真理子先生に近づいてきたこともあり、昔よりも真理子に共感できるような気がします。
SF小説、ではないので要注意
スキップは、時の流れが狂ってしまった中で、人の心がどのように揺れ動くのか、を描いた小説。
- なぜ主人公は『スキップ』してしまったのか
- 元の世界に戻れるのか
これらを解明することは主題ではありません。(一応、スキップした理由の仮説の提示はありますが)
そのため、SF小説を期待して読むと、期待外れと感じるかも。
「青春もの」「学校もの」「ヒューマンドラマ」として読むのがおすすめです。
スキップ お気に入りの言葉とシーンたち
管理人わんこたんのお気に入りの言葉とシーンを紹介します。
以下、スキップの結末に触れる箇所があります。未読の方はご注意ください。
これが本当の妹コントロール (59ページ)
妹に用事をいいつけることを、リモートコントロールとかけて「妹コントロール」というギャグ。
中学生時代のわんこたん、このギャグが妙に気に入ったらしく、今でも覚えてる。もし自分に妹がいたら、いっぱい使っていたはず。
≪あのお方≫は、よく、いったわよ。(中略)私が高校生の頃には、一通りの料理はこなしたもんだって (71ページ)
「元の真理子」の娘である美也子さんいわく。「元の真理子」は娘にこんなことを言っていたらしい。
これわんこたんも、子どもによく言っちゃう!「お母さんが子供の頃はね(以下略」
17歳からスキップした真理子から見れば、42歳の自分がこんなことを娘にいってるなんて、と呆れるのも無理はない。
過去というものは、美化されがち。
「操り人形の葬送行進曲」(89ページ)
どんな曲か、検索ですぐ確認できるのはこの時代のいいところ。
これが高校生の一ノ瀬真理子さんの聴いていたレコードかあ。
いってみれば、わたしはロビンソン・クルーソーなのよ。(121ページ)
スキップして42歳になった真理子の決意表明。このあと、
わたしは家庭の中に流れ着いたわけでしょう。一人だけ野垂れ死にして済む問題じゃない。自分の役回りは、出来得る限り果たすのが義務というものよ
と、言い放ちます。
心は17歳だけど、体は42歳の高校教師の母親。
心は高校2年生だけど、高校3年生のクラスの担任をもち、実力テストも作らねばならない。
普通は無理だと思うでしょう。25年のブランクを抱えて、周りにバレないようにふるまうなんて。いくら夫で同僚の、桜木さんのフォローがあるとはいえ。
でもこの真理子さんのすがすがしさと、やってやろう、という心意気、すごく好きなんだよなあ。なんだかクスッとして、元気が出るんです。
一ノ瀬先生の柔らかな授業が好きだった。(214ページ)
真理子の夫である桜木さんが、スキップ前の、元の真理子の授業を評した言葉
ぼくはね(中略)一ノ瀬先生の柔らかな授業が好きだった。——誰にだってね、分からないことは沢山あるんだよ、一ノ瀬先生は、それに気づく名人だった。≪何だろう!≫と自分も思い、人に思わせることが上手だった。不思議がる気持ちを忘れない人だった。
2人は結婚してもう何年もたっているけれど、改めて相手の好きなところを伝えるってのはよいもんだ。(見習いたい)
真理子のスキップによって、桜木さんが「若い心」のようなものを思い出していくところが、優しく描かれていて、ここもまた好きなシーンです。
でも、わたしは進む。心が体を歩ませる(249ページ)
心は17歳。ふつうなら元の職場に戻れない。
高校2年生なのに、高校3年生の担任になって、定期テストまで作るなんて、
でもそれをやろうとする。
かえる語(308ページ)
るてえり びる もれとりり がいく
真理子が顧問をつとめる演劇部の唯一の部員、里美はやせ。
はやせが新入生歓迎会で披露したのが、先述の「かえる語」。これは詩人、草野信平氏による「ごびらっふの独白」に登場するかえるの言葉。
引用した冒頭の1行は「幸福といふものはたわいなくっていいものだ。」という意味なのだそう。
(絵本がありました↓)
スキップを初めて読んだ中学生時代は、かえる語の出典がまったくわからず。今回再読で出典を知れて、なんだか嬉しい。
しかしこれを新入生勧誘の一番の機会で披露する、里美はやせ、すごい。「このよさが伝わる人が絶対いる。そういう人にこそ入部してほしい」ってことなのかな。
「親父さんも最近、腹筋やってるのよ」(363ページ)
真理子が記憶をなくす前の桜木家は、仲が悪い、というほどではないけれど、どこかギクシャクしていたのかもしれない。
だけど真理子が「スキップ」したことで、家族のことをお互いがフラットに見つめなおすきっかけにはなったのかも。
腹筋がんばる夫の桜木さん。かわいいなあ。
この件について、どれだけのことを《知って》いるのだろう。(393ページ)
元バレー部のニコリや、文化祭の準備にがんばる柳井さん。生徒たちの背景事情が次第に明らかに。
記憶を失った真理子先生だけど、なんとかそういう事情をくみ取って、教師という立場で、できる限り生徒を応援する。たぶんこのまっすぐな心は、17歳の真理子と42歳の真理子をつないでいるのだろうな、と想像。
箱入り娘、こと、演劇部の里見はやせの作る、奇妙な舞台にどんな背景があるのか。は特に明かされなかったので、ちょっと心残り。
影の生徒会(488ページ)
生徒と一緒にトラブルに巻き込まれそうになる真理子先生。彼女を助けたのは、かつての卒業生でした。
卒業生との会話で、気づかされるんです。たとえ記憶がなくなっていても、あの時の真理子先生と、今の真理子先生。2人は確かにつながっていたんだって。年をとっても、17歳の真理子の心は、(もともとの)42歳の真理子の心にもちゃんと残っていたんだって。
すごく、じんわりする好きなしーんです。
足元で光がはじけ、音楽が爆発した(530ページ)
一瞬で、人物の心情と、光景がリンクする、物語の山場。
このシーン、美しすぎる。今の言葉で言うなら、エモすぎる。
真理子先生の受けた衝撃が、これでもかという臨場感とエモさで、読み手の心に突き刺さる名シーンです。
一ノ瀬真理子が「スキップ」したことの理由と考察
なぜ真理子の精神は25年の時をスキップしてしまったのか。
友人である池ちゃんは「○○からの告白」がきっかけ、と考察します(文庫版の547ページより)
しかし、真理子は心情的にそれを受け入れられません。実際にその考察が真実なのかどうかは誰にもわからないまま、物語は終わります。
ここでは、仮に池ちゃんの考察が正しかったとしましょう。そのときに、ひとつだけ問題点があります。
530ページで真理子先生は「○○からの告白」を受けます。真理子先生にとっては2度目の告白ですが、今度は「スキップ」しない。それはなぜか。
17歳の心のまま42歳の身体になってしまい、がむしゃらに自分自身に、家族に、仕事に向き合ってきた真理子。その経験の中で、(もともとの)42歳の真理子先生が、大切にしてきたものを、実感したのではないでしょうか。
その結果、25年という残酷な時間の経過を、否定するのではなく、自分のものとして受け入れる、心の下地ができあがったのではないでしょうか。
だから、2度目の告白を受けたとき、真理子の心は揺らがず、したがって「スキップ」しなかった。そんなふうにわんこたんは、考えています。
スキップ の次に読みたい おすすめ作品
高校生たちの、感情の揺れ動きを描いた作品や、自分の心のよりどころを探す作品など。スキップのように、なんだかグッとくる作品たちを紹介します。
六番目の小夜子 /恩田 陸
高校生。それは自由と束縛の中間にいる、不安定な存在。
誰にも囚われず自由でいるつもりが、気がつくと誰かに言われた役割を演じているような。気が付くと自分の意思がどこにもないような。
そんな高校生が不思議な伝統「サヨコ伝説」に巻き込まれながらも一歩ずつ前へ進む、少しフシギでちょっぴりホラーな青春小説。
感想記事はこちら▶︎六番目の小夜子 原作小説の残された謎を考察 - わんこたんと栞の森
先祖探偵 /新川帆立
「あなたのご先祖様を調査いたします」 先祖を探す探偵事務所をひらいている邑楽風子(おうら ふうこ)。様々な調査依頼をうけつつ、自分の母につながるヒントを探す風子ですが、その真相は……?
先祖を探しながら心のルーツを探る、暖かく切ない物語です。戸籍制度の意外なおもしろさと、問題点にも触れていて、勉強にもなりました。
感想記事はこちら▶︎戸籍制度をめぐる、暖かく切ない物語 先祖探偵 感想 - わんこたんと栞の森
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