火星が舞台のSF、といえば、真っ先にこれが思い浮かぶ方も多いのでは。
人類による火星開拓史と、地球の運命を描いたSF叙事記、火星年代記を読んでみたら、予想以上にファンタジーで、びっくり。
感想を書きました。
火星年代記 あらすじ
1940年代に書かれた火星開拓にまつわる独立した短編+書きおろし作品を、年代記として一つの長編にまとめた作品。
そのためか、各章には時系列上のつながりはあるものの、いきなり急展開、という箇所も見受けられます。
地球人の火星への探検、火星人からの攻撃、地球から火星への植民、といった火星の開拓史を描きつつ、並行して地球側の変遷も描かれ、やがて……
火星を舞台にしたSFでありつつ、人間文明への皮肉も随所に感じられる一冊です。
- 著者:レイ・ブラッドベリ → Amazonの著者作品一覧はこちら
- 翻訳:小笠原 豊樹
- 発売:早川書房 2010/07/10
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象
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著者 レイ・ブラッドベリ氏について
レイ・ブラッドベリはアメリカの小説家。代表作に、この火星年代記の他、国家による焚書を描いたディストピア小説、華氏451度が挙げられます。
「万華鏡」は火の鳥/手塚治虫「宇宙篇」の元ネタになっていたり。(宇宙飛行士がバラバラにカプセルで宇宙を漂流し、一人ずつ交信が途切れていく、あれ。)
※以下、書影クリックでAmazonの作品ページにジャンプします。
火星年代記 感想
多くの探査機が火星に送り込まれた現代では、火星の地表の様子はかなり詳しくわかってきています。
気圧は非常に低いうえ、大気組成のほとんどは二酸化炭素。平均気温はマイナス63度で、人間どころか、地球のほとんどの生物は、まず生身で生存することはできません。
一方火星年代記では……
- 当たり前のように火星人がいる
- 当たり前のように運河には水(葡萄酒?)がながれている
- 火星の空気はちょっとうすいけど、がんばれば呼吸できる(地球の高山くらいのイメージ)
- 普通に農業して植林して家建ててる
火星年代記が書かれた1940年代の火星のイメージって、こんなにファンタジーだったのか!と、まずそこに驚き。(さすがに「火星人」は、みんなが信じていたわけではない、と思いますが……)
火星の姿が詳しくわかってきた現代では、もう、こういうSF作品は生まれないのかも、と思うと、ちょっと寂しかったり。
- 昭和14年(1939年)から15年(1940年)にかけて『大阪毎日新聞』及び『東京日日新聞』の小学生向け新聞で、海野十三によるSF小説『火星兵団』が連載されていました。
- 1938年にアメリカで放送されたラジオ番組「宇宙戦争」(原作:H.G.ウェルズ)で、放送を聞いた人々が番組内で語られる火星人の襲来を事実だと思い込み、パニックになった。
……と言われていましたが、これは当時の新聞報道の脚色によるもの。実際には特にパニックなどは起きていなかったようです。
参考▶
以下、印象的な短編について感想を。
※執筆にあたり、以下のサイトを参考にさせていただきました。
火星年代記 - 東北大学SF研wiki - atwiki(アットウィキ)
二〇三〇年一月 ロケットの夏
火星ロケットの打ち上げ。季節は冬ですが、ロケットがもたらす熱風は夏のように人々の心をあたためます。
たぶん火星年代記の中で唯一、希望に満ちたシーンだと思う。
二〇三〇年二月 イラ
さっそく火星人の夫婦登場。妻は地球人の到来を予感しますが、夫は嫉妬のためか、そのことが気にくわず……
火星人なのにあまりにも亭主関白すぎる夫に笑いました。熔岩の調理器具とか燃える鳥を使った移動手段だとか、火星の生活はすごくファンタジーなのに、亭主関白。
そして一月に地球から打ち上げたロケットが二月に到着って、だいぶ早いな。(現代技術でも最短で8ヶ月かかる)
二〇三〇年八月 地球の人々
地球人(第2次探検隊)と火星人のセカンドコンタクト。
おらおら地球から来たんだぞ!歓迎しろ!と火星人を訪問する地球人。いやすぎるw
そんな彼らを待ち受けていた、皮肉な末路が、コメディぽくておもしろい。
二〇三一年四月 第三探検隊
第三探検隊を待ち受ける、火星の脅威。
第2次探検隊の場面はブラックコメディという感じでしたが、こちらは急にホラーテイスト。火星人怖いよぅ。
二〇三二年六月 月は今でも明るいが
地球人(第4次探検隊)が火星を訪れると、火星人はすでに滅びていました。ええー。
探検隊のメンバーであるスペンダーは、残された火星人の遺跡やその文化を尊重したいと考えますが、探検隊の他のメンバーにその思想を理解してもらえず、強硬手段にでます。
今までのエピソードはなんだったんだ、といわんばかりにあっという間に滅びた火星人。火星人が滅びる原因の「アレ」は、宇宙戦争/ウェルズの結末と重ねている、のかも。
スペンダーの思想や行動はかなり極端ではありますが、アメリカ大陸で先住民を迫害し追いやった、過去のヨーロッパ人への皮肉を感じます。
この第4次探検隊以降、だんだんと地球から火星に移住してくる人が増えてきました。
二〇三三年八月 夜の邂逅
火星にやってきたトマス・ゴメスと火星人との不思議な出会い。
滅びていたはずの火星人、実は生き延びていたのでしょうか。それともこれは過去の幻影に過ぎないのでしょうか。
火星年代記ではその後も何度か火星人の生き残り(?)が登場しますが、見た目や特徴は都度バラバラで、ちょっと混乱します。
元々は別個の短編だったものをつなげているので仕方ないのかもしれませんが。
二〇三六年四月 第二のアッシャー邸
地球では大規模な言論統制・焚書活動が行われていました。
火星に建築されたウィリアム・スタンダール氏の「アッシャー邸」も除去対象に該当するとして、道徳風潮調査官はアッシャー邸を訪れます。
火星年代記の後に書かれた、ブラッドベリの華氏451度は、書物が禁制品となり焚書される世界を描いたディストピア小説ですが、それを彷彿とさせるような世界観。地球の状況が徐々に悪くなっていることを感じさせます。
道徳風潮調査官に対するスタンダール氏の「逆襲」も、かなり痛烈。火星年代記の中でもかなり「ダークな」一篇。
作中にも書かれているように、アッシャー邸は、エドガー・アラン・ポーによるゴシックホラー作品 アッシャー家の崩壊(青空文庫で読めます) が元ネタになっており、第二のアッシャー邸は、その展開をなぞるような筋立てになっています。
二〇三六年十一月 オフ・シーズン
ついに地球で戦争が勃発。火星の人々は故郷の親類や友人を案じ、次々に地球に帰り始めます。
個人的に納得がいかないのがこの地球戦争のくだり。なぜみんなわざわざ戦争中の地球に戻ろうとするのか。(しかも、オーストラリア大陸がまるごと吹っ飛ぶほどの、大量の原子爆弾が使用されている、大規模な戦争)兵役に就く人はともかく、子どもと保護者は疎開ということで火星に居続ければいいのに。
この感覚の違いは、火星に対する距離感の違いからくるものかも。火星年代記の世界観では、地球と火星の距離感がすごく近いんですよね。
移住には覚悟がいるけど、思い切ったら行き来できる距離感。たぶん現代でいう、日本⇔南米くらいの距離感。
だから、みんな火星に住んでいても、どこか地球からはなれられない。やっぱり自分のいるべきは火星じゃない、地球なんだ、といって帰っていった。ということなのでしょうか。
二〇五七年四月 長の年月
地球大戦争の勃発から20年。まだ火星には、わずかながら人が残っていました。
第4次探検隊のメンバーだったハザウェイと、同じく探検隊のメンバーで木星に左遷(?)させられていたワイルダー隊長の、再会の物語。
ハザウェイは家族と火星に残っていましたが、どうもその様子がおかしくて……
失われたものをロボットで代用する、SFあるある展開の元祖、かもしれない。
二〇五七年八月 優しく雨ぞ降りしきる
この短編は地球が舞台、火星はまったく登場しません。
とある家では朝からロボットが自動で家事をこなしています。しかしそこに家人の姿はなく……
「ロボットは変わらず稼働しているが、そこに人間の姿はない」という哀愁漂う滅びの姿は、おそらく後年の多くの作品に、影響を与えた、と思う。
この短編部分を抜き出したものが、なんと旧ソ連でアニメ化されていました。旧ソ連すごいな。(↓日本語字幕あり)
火星年代記の中でも特に知名度の高い、人気の短編。(と言っても管理人わんこたん、今回読むまで存じ上げませんでした。ごめんね!)
二〇五七年十月 百万年ピクニック
火星にピクニックにやってきた5人家族。子供たちからするとただのピクニックのようですが、やがて、父親から地球の運命と未来の展望がしずかに語られます。
ここで人類をやり直そうとするお父さんの使命感はすごいんだけど、火星の広大な大地にたった数人ぽっち、ていう寂寥感が……
ジョークのような序盤からは想像のつかない、ディストピアな結末。
現代のSF作品のベースとなる要素が、たくさん詰まっていて、やはりSFの歴史を語る上では外せない1冊だと再認識。古さは否めませんが、読んでよかったです。
火星年代記の次に読みたい おすすめ作品
「古いけれど傑作!おもしろい!」な、おすすめ古典SFをご紹介します。
星を継ぐもの 巨人たちの星シリーズ /ジェイムズ・P・ホーガン
1977年の作品。
月面で見つかった人類と同様の生物の死体は、しかし、死後5万年経過していた…… 謎は議論を呼び、新たな事実を見出し、また謎が生まれる。伝説的な傑作SFミステリー。 あまりに壮大な真実に、今なお多くのファンに愛される作品です
感想記事はこちら▶︎謎の死体 チャーリーの正体は?星を継ぐもの 感想 - わんこたんと栞の森
失われた世界 チャレンジャー教授シリーズ /アーサー・コナン・ドイル
1912年の作品。名探偵ホームズでおなじみのコナン・ドイルですが、こちらは恐竜が登場するSF作品!さすがコナンドイル、わくわくの冒険劇に痛快なオチ。ぜひ読んでみてほしい1冊です。
おすすめ作品、他にもいろいろ!
当ブログでは、他にもさまざまな小説を紹介中。ぜひブクマして、気になる記事をチェックしてみてくださいね。