SF小説 三体シリーズでおなじみの劉慈欣先生。三体以外の作品の邦訳版も続々と刊行され、ついにこの 時間移民 劉慈欣短編集Ⅱをもって、全短編作品が邦訳されたことに。
その内容はまさに三体の原点。そしてやっぱり面白い!時間移民 全収録作品の感想を書きました。
時間移民 あらすじ
環境悪化と人口増加のため、冷凍倉庫に眠る合計8000万人の移民を率いて、大使は未来へと旅立つ……。表題作「時間移民」をはじめ、全13篇を収録する、劉慈欣の傑作短篇集 第2弾。
- 著者:劉 慈欣 → Amazonの著者作品一覧はこちら
- 翻訳:大森 望, 光吉 さくら, ワン チャイ
- 発売:早川書房 2024/12/18
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):対象外
こちらも傑作揃い。「円」と「時間移民」どちらを先に読んでもOKです。
著者 劉慈欣 氏について
劉慈欣氏は中国のSF小説家。代表作はなんといってもSF小説三体シリーズですが、その他の作品、特に短編は傑作揃い!
以下に作品の一部を紹介します。※書影クリックでAmazonの作品ページにジャンプします。
時間移民 感想
読むとわかるんですが、「三体」のエッセンスをそこかしこに感じます。
まるで三体の原石のかけらを読んでいるような。三体シリーズファンにはぜひとも読んでほしい1冊。
劉 慈欣らしいむちゃくちゃ壮大な世界観と、あまりにもちっぽけな人類の姿。それをまとめあげるかのように、一番最後に収録された「フィールズ・オブ・ゴールド」で描かれる、科学技術への一筋の希望。
粗削り、だけどエモい。これこそ劉 慈欣作品だーーー!と叫びたくなる短編集でした。
以下に各短編のあらすじと感想を書きました。
時間移民
2010年頃の作品。
環境問題や人口問題の対策として、政府は時間移民の実施を決定。それは8000万人を冷凍睡眠によって120年後に連れていく、という壮大な計画だった。8000万人を代表する大使は、予定通り120年後に目覚めるが……
巻頭から壮大で詩的な未来予想図。果たして、わたしたち本当の人類はどのような道を歩むのでしょうか?
思索者
2002年の作品。
脳外科の研修医であった主人公は、仕事で偶然訪れた天文台で、巨大な望遠鏡と一人の女性に出会います。彼女は星の瞬き(シンチレーション)を観測する研究員。偶然の導きで、2人は10年後に再会。そこからうまれる新たな発見と思索の物語。
巻末の解説では、この登場人物二人が三体Ⅱ 黒暗森林に登場するビル・ハインズと山杉恵子夫婦の原型では、と指摘されています。
わんこたん的には、「太陽」「恒星」「意志の伝達」というキーワードから、三体Ⅲ 死神永生 下巻 に登場する「歌い手」たちを想起しました。
夢の海
2001年の作品。
突然宇宙から飛来した低温アーティストが、大大大迷惑な美を作り出す物語。
芸術のおかげで生命の危機に瀕する人類としてはたまったもんじゃないが、そんな状況でも「美」を感じずにはいられない人間の性を描きます。
この夢の海と、次に登場する「歓喜の歌」、劉慈欣短編集 円 に収録の「詩雲」は、地球外生命体による規格外のアートをテーマにした大芸術シリーズと呼ばれているそう。
「芸術は文明が存在する唯一の理由だ」大迷惑な宇宙人のセリフですが、これが最後にまた登場するところ、好き。
歓喜の歌
2005年頃の作品(第二稿として)。
またまた壮大な地球外アーティストが登場。こちらは人類に迷惑をかけませんので一安心。壮大な芸術の前では人類同士のいさかいなど、極小の砂つぶのごとし。
巨大な◯が登場しますが、実は2024年公開のNetflixドラマ版三体にも同様の演出が登場します。これ、原作 三体にはないシーンなので、度肝を抜かれました。Netflix製作陣はこの短編からアイデアを得ていたりして。
ミクロの果て
1998年の作品。
三体シリーズでもおなじみ、物理学者の丁儀博士が登場し、クオーク(原子よりさらに小さい、素粒子の一種)の分割に挑戦します。
丁儀博士については、三体シリーズの彼と同一人物ではなく、あくまで別の世界の丁儀博士と考えた方がよさそう。人嫌いで無知な一般人を見下す姿は相変わらずです。
クオーク分割の結果は……読んでのお楽しみですが、偉大な謎を解き明かしたと思いきや、それはまだ宇宙の深淵の入り口に過ぎなかった、ていうね。お馴染みの展開ではありますが、やっぱりワクワクするものがあります。
宇宙収縮
1985年の作品。
こちらに作品の丁儀博士は統一場理論を確立した大天才。ですが何故かいつにも増して自暴自棄モードです。今日は宇宙収縮が発生する日。国立天文台ではその観測会が催される予定だが…
宇宙が膨張している、というのはよく知られている理論ですが、じゃあ宇宙は膨張し続けるのか、それともどこかで収縮に転じるのか?というのは不明。じゃあ実際に収縮が始まったらどんなことが起きるのか?というワンアイデアで、こんな物語を紡げるとは、脱帽です。。。。すで帽脱、はとる(以下略)
朝に道を聞かば
2016年の作品。
タイトルは孔子「論語」の『子曰く、朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり、と』より。
朝、人間の生きるべき道を聞いて会得できたなら、夕方死んでも心残りはない、という、真理を知ることへの強い願いが込められた言葉なのだそう。
というか、「朝」を「あした」とも読むんですね。へえへえへえ。
孔子のように真理探究への強い思いを抱いた科学者たち。命と引き換えに真理を得られると聞いた、彼らの選択は。
まだまだ「未熟な人類」なので、人類の中で共有できない知識なんて、意味がない、なんて思ってしまうのですが、皆さんはどうでしょう。命をかけて知りたいこと……ある?
期待を裏切らない我らが丁儀博士は、もちろん命と引き換えに真理を得ることを選択します。しかしその後に続いて、とある人物が現れて……?
共存できない二つの祝日
2016年の作品。
1961年。ガガーリンによる人類初の宇宙飛行。
宇宙船の設計主任、セルゲイ・コロリョフの前に現れた中年の男は、唐突に今日が祝日になるかもしれない、と告げます。
コロリョフは、実在のソ連人宇宙船設計者。宇宙飛行士で有名なガガーリンではなく、コロリョフに祝日が伝えられるところ好き。
劉 慈欣作品って、三体やフィールズ・オブ・ゴールド(時間移民 劉慈欣短篇集Ⅱ)で見られるように戦争や救助という大義によって、人類が猛烈にがんばって宇宙を目指す、という展開が多いんですよね。
なんにも理由がないと、人類は怠けて仮想世界に閉じこもっちゃうんでしょ、という皮肉が透けて見えます。
全帯域電波妨害
2000年の作品。
ロシアで政権を獲得した共産党。ロシア国内右派勢力とNATOは手を組み、政権奪還のため、ロシアに侵攻する。
電子戦で不利な状況に立たされ、通信もままならないロシア軍は、捨て身のような驚くべき作戦を遂行することに。
一方その頃、ロシア軍元帥の一人息子であり科学者のミーシャは、宇宙ステーションにただ1人搭乗し、戦火を避けて水星軌道に退避していた。地球から遠く離れたミーシャと、ミーシャと恋仲の女性兵士カリナの決断は。
中国人作家の目線から見れば一応ロシア軍(共産党軍)が味方側、ということになるのでしょうが、正義も悪も存在しない、ただただ地獄のような戦争描写に圧倒されます。三体ゼロ もそうなんですが、劉 慈欣先生、戦争モノ書いてもめちゃくちゃうまいんだよなあ。
ロシアがウクライナに軍事侵攻中のいま、ただのSFとは思えない現実感を感じる物語になってしまいました。
もちろんそこは劉 慈欣。ただの戦争物に終わらない、SF小説としての結末をしっかり用意してくれています。ミーシャとカリナの行為によって、戦争がどのように「進化」するのか、必見です。
天使時代
2000年の作品。
ファンタジックなタイトルからは想像もつかない、ちょっとキモいバイオSF。
ソフトウェアのプログラミングを生物工学に応用した天才、イータ博士。
飢餓に苦しむ故郷、アフリカのソンビアを救うため、博士は禁忌ともいえる手段をとることに。各国はイータ博士の「発明」に危機感を抱き、ソンビアへの攻撃を開始するが……
物理学描写をベースにしたハードSFが得意な劉 慈欣先生ですが、生物学系描写はなかなかぶっ飛んでいて、この対比もたまらんです笑
まるでゲームのように冷静な描写で処理されていく兵士の様子は、三体Ⅱ 黒暗森林の水滴シーンを見ているようでした。
需要があれば倫理は問題にならない。イータ博士のセリフが刺さります。(その例えにに、中絶手術を持ち出すのはちょっと私の思想とは相いれなかったけど)
運命
2001年の作品。
ハネムーンで宇宙旅行を楽しむ主人公とエマ。しかしその最中に地球衝突軌道を進む小惑星を発見する。
2人は機転を効かせ宇宙船のエンジンで小惑星の軌道を逸らすことに成功。地球は救われた。はずだったが。
まるで童話のようなショートSF。時空ワームホールがゴミみたいにあちこちに浮かんでいるのは嫌すぎるなあ。
鏡
2004年の作品。
とある男を追跡する刑事、陳継鋒(チェン・ジーフォン)。
内通者も盗聴も、全て対策しているにもかかわらず、ターゲットは全てを見通しているかのように、追跡をかわしていく。ターゲットの人物は、一体何者なのか?
中国の政治汚職や、風俗などを描いたノワールな導入から、超弦コンピュータを使った宇宙シミュレーションが出てくるなんて、誰が想像しただろうか。いったいなに食べたらこんなストーリー思いつくんですか、劉 慈欣先生。
究極の鏡を手に入れた、人類の行方は……
フィールズ・オブ・ゴールド
2017年の作品。
「劉慈欣先生最新作」がこちら。太陽系を一人漂流する少女を救出するため、全世界が総力を結集するというストーリー。
物語はシンプルですが、短編集の最後を締めくくるにふさわしい、切なくてエモくて美しい作品。近年のAI生成動画の発達により、作中のとある描写に真実味が増してるのも注目です。
漂流する少女をVR機能で、すぐそばから見守る全世界の観衆、というのは感動的なのか不気味なのかちょっと微妙なラインですが、そこを、キモくないぎりぎり美しいシーンに仕上げている我らが劉慈欣先生の剛腕にも注目。
火星の人/アンディ・ウィアーも火星に置き去りになったクルーを救出する物語でヒットしましたが、実際に遠い惑星や宇宙で遭難したら、現実問題としては救助を断念する可能性が高いのかもしれません。自己責任だからとか、助ける資源がもったいないとか、いろいろな理由で。
でもそこを助けるのがSFの世界。だから私は、SFが好きなんだーーー!っていうのを再確認させてくれました。果たしてわたしたちは黄金原野に降り立てるのでしょうか。
劉 慈欣先生、最新作はいつですかーーー!!
2025年現在、劉慈欣先生の最新作は上記のフィールズ・オブ・ゴールド。
そこから8年経過していますが……ご安心を、訳者、大森望氏による後書きによれば、執筆活動は続けているとのこと。やった!
管理人わんこたん、いちSFファンとして、劉 慈欣先生の新作を、いつまでも待ち続けたいと思います。
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なめらかな世界と、その敵/伴名 練
並行世界を行き来する少女たちの1度きりの青春、AIに支配されたソヴィエトとアメリカの対立、などなど。世界観から引き込まれる傑作SF短編集。
説明不能、ジャンル越境的なおもしろさがここに。おすすめです。
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