SFジャンルの地平を切り開き、直木賞候補作ともなった、嘘と正典/小川哲の感想を書きました
嘘と正典 あらすじ
マジシャンはトリックでタイムトラベルを実現できるのか?時の扉に囚われた男の正体は?過去に干渉することで歴史は変えられる?
SFの枠を超えたSF小説であり、直木賞候補にもなった、短編集です。
- 著者:小川 哲
- 発売:早川書房 2019/9/19
- Kindle Unlimited:対象外
- Audible(聴く読書):
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著者 小川哲さんについて
SF、ミステリージャンルで高い評価を受けている小川さん。ユートロニカのこちら側、でハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。2023年には地図と拳で直木賞を受賞しました。ジャンル越境的(※)とも評されるその作風から、新時代のSFを感じずにはいられません。ワクワク!
※嘘と正典 鷲羽巧さんの解説より
以下に小川哲さんの作品の一部をご紹介します。
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嘘と正典の感想
SF作品と言えるものもあるけど、そうでもない。
どこか幻想的でジャンル分けしづらい。なので読者としてどこか身の置き場に困るというか、落ち着かない。けど、意外な展開と丁寧な筆致で不思議と読みすすめてしまう……そんな独特の作風を感じます。
わかりやすい起伏や盛り上げどころが少なく、結末で主人公の感情が、どこかにきちんと着地するわけでもない。
だからどこか宙ぶらりんな読後感になるけど、後からじっくり考えると、ああよかったな、と余韻に浸れるような、そんなタイプの物語でした。
高圧的な父親と、その息子の屈折した関係を描いた作品が多く、その点は個人的には苦手。以下に各短編の感想を書きます。
魔術師
僕の父 竹村理道はマジシャンだった。僕と姉が理道の最後のステージで見た驚異のマジックとは。そのマジックがもたらしたものとは。
冒頭で描かれる理道のステージ、この演出がもう最高で。観客の心を掴む最高のマジック、というものを、物語の中でしっかり体現している。観客といっしょに読者の心もグッと掴まれる。
いかに理道のマジシャンとしての技術がすばらしいものか、最初の10ページで克明に伝わって来るのだが、この後さらなるすごいマジックが登場する。観客とおなじように、読者も悲鳴をあげたくなる。
この小説は◯◯ジャンルSFなのか、あくまでマジシャン小説なのか。判断は読者に委ねられているけど、どちらの分類でも傑作と言える、そんな作品でした。
「魔術師」の結末はどういう意味なのか
まず、理道、そして姉の演じた『タイムマシン』の演目には2つの可能性があります。
- タイムマシンは本物。
- タイムマシンはニセモノ。長い期間を費やした壮大な仕込みによって、あたかもタイムトラベルをしたかのように演出している
しかし、タイムマシンが本物か偽物かに関わらず、『タイムマシン』の演目のエンディングは、確定しています。
- 演者が過去を変えるために旅立ち、二度と帰ってこない
タイムマシンがニセモノだろうが本物だろうが、二度と姉は帰ってこない。そのエンディングに、僕や観客は恐怖しているのですね。
ダメだ、姉さん、タイムマシンを起動してはならない。それが本物であっても、偽物であっても。
ひとすじの光
亡くなった父の所有馬「テンペスト」。特に目立った成績を残していないこの駄馬の処遇を決めかねた僕は、テンペストの血筋について調べ始めるが、そこには思いがけないドラマが隠されていて……
冒頭から描かれる父と僕との歪な関係性。
父は短期で気難しくて、なにかやり忘れようものなら、烈火のごとく怒る。子供に対し指導ではなく否定をし、死ぬ気でやれ、馬でさえいつも死ぬ気で走っている、と発言する、云々。
そんな父との数少ない思い出が、京都大賞典でスペシャルウィークという馬のひどい負けレースを観たこと
※1999年の当時の実際のレース結果はこちら▶京都大賞典 レース結果 | 1999年10月10日 京都11R - netkeiba
スペシャルウィークはもうだめだ。という父に、僕は自分とスペシャルウィークを重ね合わせて、心の中で反発します。
そのスペシャルウィークの血筋と、ぼくの人生が思わぬところで交差する奇跡。わんこたんは競馬を観る習慣はないのですが、最後のレースの描写には胸が熱くなるものがありました。
息子と馬をいっしょくたにして怒鳴りつけるあたり、父親としては最悪。
一方で父親の人生に、そして死ぬ気で走り、死んでいった馬たちの生きざまに、どうしても惹かれてしまう僕、そんな親子の性を感じます。
ちなみに、テンペストという馬は実在し、スペシャルウィークの孫にあたります。小川さんが、このテンペストをモデルに本作を書いたのかどうかは不明。
▶テンペスト - Tempest - 競走馬データベース | 競馬ラボ
時の扉
死を目前にした王の元に現れる、正体不明の男。男は慇懃な態度で王に時の扉の存在を説く。どうやら時の扉を使えば過去を改変できるというのだが……?
時の扉と聞くと、ハインラインのSF短編時の門を思い出します。時の門は未来に過去に飛ぶ道具ですが、この作品に登場する時の扉は、過去を改変する代物。
未来は変えられるけど過去は変えられない、なんてよくいわれますが、この作品では逆。未来はまだ存在しないから変えられない。
逆に過去は人間の精神の中に存在し、改変できるという設定なのが面白い。ということは時の扉は過去改変というよりは記憶改変装置といえるのか。
脳の海馬が時系列を編集してしまう……という説明がなされますが、脳が時間の流れを感知し、脳を破壊すると時の中に閉じ込められてしまう、という発想は、酔歩する男/小林泰三と近いかも。
過去を改変し続けた王はの行く末は。終盤で明らかになる王の正体に、なるほど、と納得すること請け合い。謎解き要素もあって楽しめました。
ムジカ・ムンダーナ
デルガバオ島のルテア族は、音楽を貨幣、財産、学問とする。金銭のやり取りをせず、曲を介してやり取りをする。相手の持っていない曲を与えることができれば、取引が成立。対価として物品を入手できる。優れた音楽をたくさん所有しているものが、裕福である
主人公ダイガは不仲であった父親の遺品からカセットテープを見つける。ダイガのためにと書かれたそのテープに遺された、宇宙のような音楽。この曲は父が作ったのか?父はlなにを伝えようとしていたのか?
「魔術師」「ひとすじの光」と同じく、自分の果たせなかった夢をこどもに押し付ける父親、という構図、はやっぱり苦手。
ですが、宇宙をたびする音楽、という構図はどこまでも美しかったです。
最後の不良
虚無。ミニマルライフ。人々が無駄のないライフスタイルを追い求め、流行自体が消滅した日本。
そんな中でも無駄なものとされるカルチャー(音楽、小説、ファッション)を愛し、特攻服をきて改造車を乗り回す桃山。
最後に、他に流されない自分の意思を示す桃山が良かったです。
嘘と正典
表題作。
歴史改変SFであり、嘘と正典の表紙にも描かれているマルクスが登場するのがこの作品。
歴史改変戦争といえば、タイムシップ/S.バクスターなどでも取り上げられていますが、舞台が冷戦下のソ連ということで、より暗く陰鬱な雰囲気。
収録作品中、もっともSF色が強く、1番面白かったです。
正典の守護者は何を持って歴史を正典と定めているのでしょうか?彼らは本当に正義の味方なのでしょうか?読後にいろいろ考えたくなる作品です。
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